六本木の裏通りにある閑静な住宅街で、行き止まりの路地が作り出す闇に溶け込むように、マンションが息をひそめていた。
住人以外は訪れず、人通りもまったくない。
そんな寂しい場所にある一棟の一室で、毎夜饗宴が行われている。
密輸食材や麻薬といった怪しげな会ではない。
健全なる鍋の宴が繰り広げられているのである。
宴の主役は、「石頭火鍋スウトーホーコ」という。
韓国宮廷で生まれ、台湾で普及したという鍋料理である。
初めて出会ったのは、マンションからほど近い場所にあった、「東一」という中国料理店であった。
一度で強烈なる個性の虜となり、通いつめ、友人に喧伝し、知人に布教した。
だがある日店は忽然と姿を消してしまった。
仕方なくなじみの中国料理店で作ってもらったりもしたが、頻繁にお願いするわけにもいかず、途方に暮れていた我々を救ったのが、この店なのである。
店を探し出すには苦労した。
なにしろ通りより二十メートルほど奥まったマンションの一室で、看板もなく営んでいるのである。
予約を入れると、「○▲□号室のインターフォンを押してください」と指示される。
半心半疑で出かけ、指定号室のボタンを押して名前を告げれば、部屋へ誘導されるのである。
扉を開ければおびただしい靴が脱ぎ捨てられ、すでに十数人ほどが鍋を囲んでいる。
その途端、上気した彼らの熱気が、あなたの胃袋を煽動していく。
席に座れば、真っ黒な石鍋が運ばれる。
韓国の王宮で用いられていたという天然角閃石で作られた鍋で、火が優しく入り、保温性にすぐれているという。
ここで女主人の登場だ。
鍋を熱し、胡麻油を入れて豚バラ肉を手早く炒めると(にんにくを一緒に炒める流儀もあり)、豚肉をいったん引き上げ、そこに白濁した鳥のスープを入れるのだ。
「ジュジュアーッ」という威勢のいい音とともに立ちのぼる刺激的な香り。
初めての客なら、この時点で唾液流出が激化する。
後は客が具を順次入れていく。豚肉、牛肉、白菜、シイタケ、肉団子、海老、魚介団子、エノキ茸、ねぎに春雨。つけダレは、ポン酢とネギのあっさり味と、生玉子に豆板醤を合わせた二種類が用意され、添えられた腐乳とおろしにんにくで、銘々が好みの味に仕立てるという算段だ。
さあスープが煮立ってきた。最初は豚肉や牛肉をさっとスープに潜らせ、ポン酢でいただいてみようか。
胡麻油の香り、豚脂の甘み、鳥の滋味。三者が具材を後押しして味わいを深め、舌をワシヅカミにする。
ちょいと下手な味である。
ひたひたと精力を意識させる味でもある。
食べた瞬間に「うめぇっ」と叫ばせる、直載なおいしさである。
そんな味であるから、ポン酢ではもの足りない。
やがて玉子豆板醤ダレ派が多数を占め、次第に一味やにんにく、腐乳の投入量が増大していく。
味濃く辛いので、酒も進む。
食べるスピードも加速する。
ついでに気分も上昇する。
かくして酔い、腹も膨れてきたところで、中華麺が運ばれ、一同喜々として、仲良くスープ麺をすすって大円段と相成るのである。
誘ってはまらなかった人はいない。
あの思い出の味「東一」よりおいしく感じる。
だがおそらくそれは、隠れ家という、非日常の調味料が効いているからに違いない。