脂は熟していた。

脂は熟していた。
愛農ナチュラルポークの脂である。
この脂を食べたことのある人ならわかると思うが、どこまでも澄んだ味わいを持っている。
噛めば甘い香りが漂って、すうっと消えてゆき、甘美な余韻を残す。
だがこれは、冷蔵庫に塩をしたバラ肉の塊だけを入れ、様子を見たのだという。
バラ肉の生ハムである。
噛めば脂がねっとりと舌にからみついてくる。
脂の香りは甘いのだが、新鮮な時と違って妖艶さを増している。
「どう? あなたのこと離さないわよ」といって抱きつかれたような、ねちっこさが脂にある。
さらにその脂が溶け出すと、旨味が顔を出す。
だが肉はまだ消えていかない。
口の中で旨味と香りを膨らませながら、50回ほど噛んでようやく、喉元に落ちていく。
これは、豚の脂との濃密な口づけである。
陶然を呼ぶ口づけだった。
「うまくできました」。
高山シェフはさりげなく言うが、おそらく何度も試作したのだろう。
肉の熟成ならぬ脂の熟成もまた、人間の官能を惑わす魔力を持っているのだった。
「メゼババ」にて。