銀座「mondo bar」

真のコンビーフサンド。  

食べ歩き ,

「コンビーフサンドを、今度作ってください」
「はい承知いたしました。ご用意しておきます」。
常連の紳士に言われ、主人は返答した。
常に微塵の緩みなき三揃を着こなしている紳士からの注文としては、可愛らしかったが、コンビーフサンドに格別な思いがあるのだろう。
「今夜はコンビーフサンドのご用意がございます」。
日を改めて訪れた紳士に伝えた。
すると口ひげの箸を少し緩めながら
「お願いします」と、答えられた。
コンビーフを炒めて、バターを塗ったパンに挟み、少しだけマヨネーズとマスタードを塗って出した。
「私のわがままな願いをお受けしてもらい、コンビーフサンドを作っていただき、ありがとうございます。でもこれは違います」。
一口食べた紳士はそう言われた。
どこが、なにがどう違うのか。
それを聞くことはできる。
だが、聞かないで望みのものを作りたい。
客の無言の思いを汲んでカクテルを作り続けて来た、バーテンダーの血が騒いだ。
それから何回作ったことか。
「これです。僕の求めていたコンビーフサンドはこれです。いやあおいしい。ありがとうございます」。
ある日紳士はそう言って、子供のような笑顔を初めて作った。

そのコンビーフサンドは優しい。
例えていうなら淑女である。
コンビーフ缶を食べて感じる、乱暴さや粗野が一切なく、丸い味に変身している。
それが香ばしいトーストに挟まれて、輝く。
どうやって作っているのか、想像ができない。
でもこのコンビーフサンドを食べると、背筋がスッと伸び、気分が穏やかになる。
コンビーフサンドの今夜の相手は、年代物のジョニ黒のハイボールにした。

銀座「MONDO BAR」にて。

一部フィクションです。