アンコウが、ファインティングポーズをとっていた。
「異次元のアンコウです」。
運んで来た女性がコーフン気味に言う。
アンコウに異次元も普遍もなかろう。
そう思って、つゆを一口飲み、アンコウを齧った瞬間、目が覚めた。
まだ血液が循環しているかのような張りがあって、歯に食い込んでくる。
顎に力を入れて噛み込めば、旨味のエキスが顔を出し、舌を包み始める。
なんともみずみずしく、地平の彼方まで味わいが澄んでいる。
これがアンコウという魚の真実なのか。
椀ツマに添えた春大根の優しさで、迫り来る命に踊る心をなだめ、ばちこで一旦リセットし、再びアンコウに向かう。
気がつけば、もう椀の中には、アンコウもつゆもなかった。
なくなっていくことも忘れさせてまうほどの力がみなぎっていたのである。
生きたまま漁港へ運び、締めて、海水に3時間につけたアンコウだという。
漁師と魚を受け取った長谷川さんの工夫と熱意、そしてそれに敬意を注ぎ込んだ北島さんによって昇華した料理である。
3人の男たちの連携が生んだ、無上の味わいである。
それはまさに、異次元の幸せに満ちていた。