静岡「シンプルズ」

泳ぐ姿が、まぶたの裏に浮かんでくる。 

食べ歩き ,

それは生きていた。
とうの昔に死んでいるのに、生きていた。
他の魚料理とは違う、生体反応が伝わってきたのである。
食べて目を閉じると、その魚たちが生き、餌を食らい、泳ぐ姿が、まぶたの裏に浮かんでくる。
そんな、純な味わいがあった。
急速に冷やし、それからゆっくり冷やしていき、低温で加熱したというサワラは、箸でちぎろうとすると、繊維がむにょうと伸びて、なかなか引きはがれない。
噛めば、エキスがあふれ出る。
ほのかに甘く、澄んだ汁が口を満たす。
なんとしたことだろう。
口腔内を、悠々とサワラが泳いでいる。
一方のカツオにも、目を見開かされた
分厚い塊を切って口に入れる。
その瞬間筋肉が弾けた。
歯を押し返そうとする力があって、明らかなアスリートとしての発露がある。
表面近くを泳ぐ魚を狙って、同じ深度から狙うカツオは、酸がたまりやすいという。
一方このカツオは、もっと深いところにいて、下から急上昇して捕らえ、再び深く潜って行くカツオだという。
だから血の酸味を感じない。
血の甘みがあって、味覚と嗅覚を活性化させる。
食べる部位によっても弾力が違い、それがまだ生きている感覚を起こさせるのだった。
静岡「シンプルズ」にて