東京とんかつ会議24「丸栄」 自由が丘「丸栄」のロースかつ定食1800円
<肉2、衣3、油3、キャベツ2、ソース2、御飯2、新香2、味噌汁2、特記なし 計18点(満点は25点)>
「えっ?」。 ロースカツを頼んだ僕は、目を疑った。15年前山本益博さんに教えられて、「丸栄」を訪ねた時のことである。ご主人は肉に衣をつけると、何も入っていない銅の鍋に置いた。そしておもむろに缶からラードを取り出すと、鍋の縁にこすり付けた。白い固まりはゆっくりと鍋肌を落ち、底へ向かう。そこで火をつけると、ラードは溶けだし、透明な液体となっていく。しかし量が少ない。カツの半身浴である。しかも温度が低い。じゅくじゅくと泡が立ち、音も小さく、カツを揚げている威勢のよさが無い。不安になった。
やがてご主人は裏返し、15分ほど立った頃、鍋から引き上げ、休ませる。 皿に盛られたカツの断面を見れば、中心はピンク色で、うっすらと汗をかき、透明な肉汁が滲み出している。すかさず食べれば、「カリリッ」と衣が音を立てて弾け、歯が肉にめり込んだ。途端。甘い肉のジュースが、あふれ出す。「豚肉のタルト」。僕は一人そう呼んで、自由ヶ丘に行く楽しみにしていた。
現在は、ご主人がお亡くなりになり、娘さん夫婦が受け継がれている。揚げるのは娘さんで、どこにもないこの揚げ方は変わりない。なにも入っていないフライパンに衣をつけたカツを置き、ラードの固まりと溶けたラードを少し入れ、半身浴状態でゆっくりと火を入れていく。
先代よりもう少し火が入った状態で、中心はロゼ色には仕上げていない。以前の写真と見比べたが、肉自体がやや小ぶりになっているせいなのだろう。しかしこの店の衣のおいしさは、不変である。
「カリリ」と音が立ち、パン粉の香ばしさと玉子の甘みが広がって、思わず顔が崩れる。「豚肉のタルト」健在である。衣をゆっくりと噛みしめたくなるようなとんかつである。
その衣は、見事な油切れで、油を感じさせず、肉にぴたりと密着している。肉に以前のような甘さがあれば、さらに魅力は増す。ご飯にもう少し頑張りが欲しかったが、肉、ご飯、味噌汁、新香、ソース、キャベツ共に、おいしい水準がある。
特記とはしなかったが、クリーミーなコロッケもまた、「丸栄」でしか味わえない、独自のものである。