東京とんかつ会議 第41回
蓬莱屋の「ヒレカツ定食」2900円
<肉1、衣2、油3、キャベツ3、ソース3、ご飯2、新香2、味噌汁2、特記なし 計18点>
1914(大正3)年屋台で創業し、1928年に現在の場所に移転した、堂々たる老舗である。かつての上野とんかつ御三家の一つ「双葉」がなくなり、いまでは「ぽん多」とこの店だけになった。小津安二郎監督が愛したことも知られる。店前に椿が植えられたしもた屋風の一軒家は、古き良き東京の風情に満ちている。
店内は隅々まで清潔感に富み、凛として空気があるが、この店の特徴である二つの鍋の火等が高温になっており、そこから湯気が上がって、やや油臭いのが気になる。
常連は、「串カツ」単品(1本320円)を揚げてもらい、それでビールか日本酒でやってから、定食へ進むという人が多い。僕もそのようにして、「かつ前」を楽しみ、程よい所で定食を注文する。串カツは葱が甘く、ソースより塩(注文により三種類の塩を持ってきてくれる)をかけて一杯やるといいだろう。
定食を頼むと「一枚入ります」と、サービスの女性が奥に注文を通した。ここは当初からヒレカツ一筋なのである。
まず高温の油で30秒ほど揚げ、次に低温の油で10分弱揚げる。茶色に揚がった衣は、実にきめ細かく、肉に密着し、カリリと音を立てる。ただほんのり焦げた、衣の苦みがまず舌に感じ、それから肉に歯が入るので、その苦味が肉の甘みを邪魔してしまう。
肉は中心をほんのりピンクに残した仕上がりで、火の通しはいいが、ヒレ特有の香りと優しい甘みが弱い。決して質は低くはないと思うが、いま世の中は数多くの上質なブランド豚が増え、それを使うとんかつ屋がしのぎを削っている中では、この価格に似合う質を、今一度再点検が必要なように思った。
油切れはよく、なにより盛り付けが美しい。油ダレや衣やキャベツの乱れなく、きっちり全てが収まるところにおさまっている均整美は、昭和の食堂の良心だ。
おかわり自由のキャベツはみずみずしく甘き。ソースも香り高く、ご飯もおいしい。インゲンが具の味噌汁は、そば猪口に入れられて出されるが、磁器ゆえに熱く、すぐには飲めない。古いスタイルも大切だが、木のお椀の方がいいように思った。
「お土瓶は一つお願いします」。「一名様一枚に直りました」。サービスの女性が奥に通す言葉と声が美しい。老舗らしい、筋の通った清々しいサービスである。