浅草「すぎ田」

息をのむほど美しい

食べ歩き ,

ここのオムレツに、無性に会いたくなる時がある。
「ビールをください」。
まず、座敷に座るなり頼んだ。
「後オムレツを一つ、お願いします」。
「はいかしこまりました」。
店主佐藤さんの明るい声が響く。
厨房から聞こえてくる、フライパンが放つ音を肴にしてビールを飲んでいると、オムレツが運ばれた。
美しい。
息をのむほど美しいこのオムレツは、佐藤さんのお父さん譲りの味である。
バターを塗られツヤツヤと輝くオムレツに、フォークを入れると、湯気と共に半熟卵がとろりと流れ出た。
卵の甘みを口いっぱいに広げながら、ビールを飲む。
幸せだなあ。
「ロースのpork sautéをください。そしてウィスキーのハイボールもお願いします」。
しばらくして厨房から豚肉を焼く音が聞こえてきた。
炎が上がった。
ウィスキーでフランベをしたのである。
だからここのpork sautéは、ハイボールが合う。
ああ、湯気を上げながらpork sautéが運ばれた。
煮詰めたウィスキーとバター、醤油で作った「すぎ田」のポークソテーは、一口食べた途端に体の力が抜ける。
「ああっ」といってだらしない顔になって、あわててハイボールを飲む。
バターのコクと醤油のうま味が、豚の甘みに加わって深みを増し、そこにウィスキーが香って、どこにもない味になる。
舌を簡単に堕落させながらどこか毅然とした、大人と子供の両面がある。
どこにもない味は、絶妙な煮詰められ方で、丸い。
豚を滑らかに包み、舌を優しくすぎ、くるんと心を抱きしめる。
ふうっ。
ため息ひとつ。さあここいらで、主役のとんかつを頼もうか。
「すいませんロースカツを定食でください。肉は肩よりでおねがいします」。
「はいかしこまりました」。
また、ひときわ明るい声が店内に響き、空気が輝いた。
「すぎ田」にて。