希代の料理人

食べ歩き ,

希代の料理人である。
一見奇抜な料理であるが、驚きの中に必然がある。
食材の力を思いやった、敬意に満ちている。
独特の風味を持つ今市カブは、昆布〆にして、カブの葉のソースをかける。
緻密な肉質の近江カブは、麺仕立てにし、バターで炒め、キャビアを添える。
清廉と妖艶。カブの包容力を信じた料理は、まったく違う表情で舌に迫る。
蓮根のほのかな甘みと白海老の優しい甘みが手を繋いだ、アメリカンドッグ風。
小松菜の葉をパンで巻き取ると、蒸し鮑が現れる不思議。
剣先イカの団子とゲソ微塵の唐揚げは、ゲソがアラレのようにカラッとしているが、噛めばクニャリとまさしくイカで、どのようにして揚げたのか、ナゾを残す。
モモカブの昆布〆と信州サーモン ピーカンナッツ添えは、カブの清らかさとサーモンのねっとりとしたうま味が見事に抱き合い、カブソースの穏やかな甘みとナッツ香が、両者を持ち上げる
見事な厚さに切られた、三重県上島のフグ。
鰆を焼いてほぐし、カシューナッツ、舞茸、むかご、お焦げをふりかけた料理は、微塵の食感の中より鰆の香りが立ち上がる。
XO醤で炒めてからオリーブ油漬けにした、サロマ湖のバージン牡蠣の汚れ無き滋味とほうれん草のムースが、命の呼応をする料理。
白子の低温調理は、優しさとエロスを内包して心を惑わし、そこへおねばの甘みにあふれた、葱の青い部分のソースがしなだれる。
脂と滋味に富んだキンキの唐揚げを優しく包み込む、カリフラワーのソース。
醤油で炊いた昆布を粉砕してゼラチンで固め添えた、4日間熟成させた2キロのクエ。
タスマニアマスタードのたまり漬けがきれいな味わいを引き立てる、ルーアン鴨の低温調理。
次々と繰り出される18皿に、しびれ、深く思いを馳せ、戸惑い、気づく2時間半。
精神の自由と仮借なき心を併せ持つ物静かなご主人が、一人営々と考え、編み出した料理は、日本料理の明日を示唆している。
名古屋「野嵯和」にて。