山奥の澄んだ風の香りが漂って来た。

食べ歩き ,

食べた瞬間に、住んでいる人の息遣いが聞こえた。
山奥の澄んだ風の香りが漂って来た。
緑と山に囲まれたトレンティーノ=アルドアディジェには、行ったことがない。だが目をつぶれば、僕はそこにいた。確かいた。
前菜の自家製ソーセージ類もズッキーニも、北の大地の清らかな空気が吹いている。
「鱒のタルタル、香草サラダ添え」は、口に運ぶと、清らかな川を泳いでいくような感覚に陥っていく。
水からゆっくり茹で、氷を入れて乳化させたという「ヴァイスブルスト仔牛肉の白いソーセージ」は、切った瞬間にエキスが滴り落ち、初々しい旨味がほとばしる。
添えられた根セロリのピュレもザワークラウティ(ザワークラフト)も、自然にそこにいる美しさがある。
そしてトレンティーノ=アルドアディジェが登場した。
プレッツェルは表面はカリリとしていながら、中はもっちりとして喜ばせ、クミン風味のライ麦パンやケシの実パンも、素晴らしい。
コースに組み込むためあえて小さくしたというカネーデルリは、「カネデルロッティ」と名を変えて、滋味が行き渡るブロードの中に浮いている。
カネデルロッティとスープは、味が澄んでいながらたくましい。
上品さと素朴さがある。
そううまいものはすべからく、その両極があるのさ。
修道士が肉を隠れて食べるために生まれたという、「グリンピースのピュレを包んだマウルターシェン(腫れたほっぺたという意味だという)サワクリームとスペック」は、どこまでも優しく、春のそよ風で心を撫でる。
「豚の血を練り込んだパスタブルートヌーデルン雉のラグー」は、猛々しいはずの豚の血が雉の旨味に包まれて、穏やかな笑顔を見せる。
そしてチロル風肉じゃが、「グーラッシュ ポレンタ添え」は、牛肉と玉ねぎなどの野菜を煮焼きににしたという。
肉と野菜から出る汁にクミンを加えてある。
ああ、しみじみとうまい。
初めて食べるのにどこか懐かしい味がある。
こんなに美味しいのに、明確な理由がわからない。
そう、本当に美味しいものは、理由なんてない。
すべての料理が、初めて食べる料理である。
珍しい。
しかし珍しいのに、すっと体に馴染んでしまう。

ドルチェは、ババロアの元になったという「バイエリッシュクリーム」
りんごのジャム
アマレナチェリー クリームチーズタルト
「ケバッケナケーゼクーヘン」
ザッハトルテ
5/7
「オステリア・デッロ・スクード」にて