この丼に初めてお目にかかったのは、「東京味の千円グランプリ おかわり」の連載時の取材で、「牡蠣雑炊」食べに出かけたときだった。
牡蠣の滋味が滲み出た雑炊に目を細めていると、隣席の初老の紳士がなにやら見慣れぬものを食べているではないか。
実にうまそうである。
だがほかに食べているお客さんはいない。
仲居さんにこっそり聞けば、「小いわし丼」という料理で、常連さんの隠れた人気料理なのだという。
そこで後日、さっそく食べに出かけたのである。
「小いわし丼」は、身の丈七センチほどのた小いわしを、醤油ダレにさっと潜らせて、重に詰めた熱々ご飯の上に敷き詰めたものである。
上に散らしてあるのは薬味のゴマと鴨頭ねぎに針生姜。
寸分の隙間もなく整列した約二十匹分の小いわしが、きらりと波しぶきのような銀の皮目を光らせて、早く食べろと誘ってくる。
食べれば小さいながらも脂が舌に乗ってきて、ご飯を掻きこませる力十分である。
出過ぎない醤油ダレもいわしの味を引き立て、ご飯にも染み込んで、食欲を後押しする。ゴマやねぎをまぶして、3~4切れを一緒にして掻きこむと、もう箸が止まらない。
後は一気呵成。
いわしといっても、小さきゆえにうまみがくどくないので後口も爽快だ。
瀬戸内海の滋養を飲み込んだ広島直送のこの小いわし、毎日入荷があるとは限らなく、また数量にも制限があるため、必ず事前に電話でご確認を。
小いわし丼 \840
酔心
港区西新橋1-10-1