すしに艶がある。
赤ワイン漬けにした赤身は、妖しく光り、昆布〆の平目は、気品を漂わせ、おぼろ漬けにしたサヨリは、切なさがある。
いや握りだけではない。店主杉山衛氏の姿勢や所作にも、艶が滲んでいる。この艶は、どこから醸し出されているのだろう。
「進化する江戸前鮨」への答を求めて、まず頭に浮かんだのが、杉山さんの艶漂う鮨だった。
杉山さんは、明治より三代続く伝統を受け継ぎながら、顧客ニーズの変遷に応じた仕事をなさっている。数多い海外からのお客さんを喜ばし、30年前からワインを導入し、年に数回、海外で寿司を握られている。
寿司の伝統とグローバル化の両面から携わっている杉山さんは、明日のすしをどのようにとらえられているのだろうか。
銀座には、数多くの寿司屋がある。その中で「寿司幸」の姿勢は、一貫して明確である。
「銀座という土地柄、多様なお客さんが来られますので、多様な寿司屋の様式で、その方ごとに対応していかなければならない。それがうちのような店の使命だと思っています。だから職人の数も多い。こんな飲食店は、世界にもないと思います」。
この店に決まりは無い。
様々な肴をつまみに、日本酒やワインを飲み続けるお客さんも入れば、握りとお茶のみという方も、外国からのお客さんも多数来られる。
ワインを導入したのも、健康のためワインしか飲めなくなった、顧客のためだったという。
しかしその後猛勉強をし、ワイン通の方々と共に、寿司や魚の相性を追求し、現在に至っている。
やがてワインを調味料としても、使うようになった。
「初めは、赤ワイン飲んでいるお客さんのお醤油に、2〜3滴ワインを入れて、供してたんです。けれどそのうち、『ヅケにするとき、入れちゃえ』みたいなことで、やったのが初めなんです」。
最近はジェイコブ・クリークから依頼されて、日本料理に合う白ワインも開発した。
伝統ある寿司屋ながら、顧客のためには伝統や風習にはこだわらない。柔軟な発想で対応する。
「祖父の代はビールさえ断っていましたし、父は焼酎を「車夫馬丁の飲み物だ」と、絶対出さなかった。しかし今はどこも置いているでしょ」。
ただ置けばいいというものではない。自ら勉強、研究する。焼酎を飲んでいるお客さんには、隠し味として使ったりもする。
「20年後、高級店のカウンターには、醤油とお塩の横に、必ずオリーブ油があると思います」。
「今の方たちは、世界を回って未知の味を体験し、味の小箱をたくさん持ってらっしゃる。だから、料理を具現化するには、色々な配色が必要になってくるのです」。
ただし変化球を投げても、一歩先まで行ってはいけないという。
「半歩先に行く。そのためには、料理以外の見聞も深めて、二歩先を知りながら、半歩先を行くことが大切だと思うんです」。
「艶」は、これ見よがしでは生まれない。
先を知りながら自制して、半歩先を行く「粋」があってこそ生まれるものである。
この余裕のある粋こそが、江戸文化の心意気であり、進化し、海外に進出していく寿司には、技とともに無くてはならないものなのではないだろうか。
「鮪が無くなっても寿司はできます」という杉山さんの言葉の奥には、伝統の要を押さえながら留まらず、揺れ動き続け、進化しようとする、粋な精神が燃えていた。