名古屋「得仙」

食べ歩き ,

名古屋「得仙」は、ある女流作家が、「予約している人が、ご不幸にならない限り席が空かない」という、一年中の予約が埋まってしまっている、アンコウ鍋の店。
すこしビビっていたが、女将さんがお茶目。
「アンコウはお酒が回るので、弱い方は最初のビールもご遠慮されて方がいいです」という。ほうそうかと思い、「僕らは酒が強いです」というと
「そういう方は、売り上げに貢献してください」。
「写真とっていいですか?」と聞くと、「はいどうぞどうぞ」と優しく応えた後に、「後で撮影代をいただきます」。
料理だけでなく、女将さんも入れた写真を撮っていると、
「写真は、有料の方だけにしていただけますか」。
9月〜12月と1〜5月のアンコウの違いを尋ねれば
「冬の味はあっさりしていますが、子に栄養を取られていない分、身に張りがある。また肝も滑らかです」。
「春は何と言ってもこがおいしい。そして肝も身も味が濃くはなるが、身がゆるみ、びちゃっとなります」。
「それじゃ、秋冬も来て、味を確かめなくちゃ」というと
「はっ? 私なんかいいました?」
まず、立派な牡蠣と伊勢エビを、甘辛い鍋つゆに入れて煮立たせる。
次につゆを、レンゲ型した小鉢に注ぎ、そこに肝を入れて溶かし込む。
「いやあ、このつゆがうまそうだ。これをなめるだけで酒が飲めそう」。
「飲んではいけません。追加はありません」と、手厳しい。
女将さんが目を離した隙に、ちょっと飲んだら、しっかり見ていて
「飲んだらダメだって(笑)」 でもおいしんだもん。
伊勢エビも牡蠣も、質が高く、身がみっちりで、甘い。
特に牡蠣のミルキーな甘味と肝のコクが合う。
体の隅々まで食べる喜びが貫かれ、酒が進む事。
その後三つ葉、葱といき、アンコウへ。
女将さんが「これは胃袋、これは胃袋の皮、これは頬肉」といいながら取り分けてくれる。
普通のアンコウ鍋は骨付きなれど、ここはどれも骨から肉や皮を外して供す。
いぶくろは上質な貝のようでさっくりと、
胃袋の皮はぷるると歯の間で揺れる。
コーフンしたのが上唇で、くにゃりと歯が包まれ舌とからまって、あらいやだこれはディープキッス。
そして卵はどうだろう。
たらこのように皮に包まれてはいず、皮の周りにびっしり子がついている。
あえていうなら、魚の子持ち数の子。
しかし食感はそれと違って、ふわりもっちり餅のよう。
身肉は淡白の中からほのかな甘み。
しかし味が薄い事を示唆して、「いちばんまずいとこです」と女将さん。
あごや頬肉の身の艶、肉の盛り上がりを見て、う「うまそうだなあ」というと、
「ここは美味しい部分です。でも期待はずれもありますから」。
いつもブラックジョークを欠かさない女将さん、紫頭がステキです。
素直にそういうと「お客さん、眼鏡を今日お忘れじゃなくて?」
春菊も、はんぺんと蒲鉾の間の子のタラのしん薯も、平飼い鶏のつくねも、豆腐も、みんな肝タレにまみれて、甘い甘い。
高級高価な料理なれど、下品な迫力もあって、楽しいな。
最後は雑炊。ゆるゆるご飯。肝たれを少しかけても美味しいよ。
いや白いご飯おかわりして、肝たれかけてかき回し、これで酒が飲めるよ、女将さん。
「秋か冬に席とれないかなあ」と何度もぼそっと言うも、かわされて、
最後の帰り際に言うことにゃ
「それでは皆さん、よいお年を」。