水天宮 「蛎殻町 鮨すぎ田」

剥がしマグロ。

食べ歩き ,

噛んだ瞬間、マグロは舌と同化した。
品のある脂の甘みを、すうっと流しながら、もはやどれが舌でどれがマグロだかわからない。
それほどまでに、滑らかである。
気品に陶然となった。
マグロに少し乗せられた塩が、肉体の甘みを静かに引き出し、酢飯の甘みと合一する。
その中を、ほんのりとした鉄分の酸味が、たなびいていった。
はがしマグロだという。
背カミという部分の筋の多い中トロの筋を剥がした握りである。
キンメダイは深海に生息する魚ゆえに、離水しやすく、身は柔らかいことが多し。
しかしこれはどうだろう。
握りを口にした瞬間「あわわ」と、唸った。
肉肉しいのである。
筋肉を感じさせる肉体が歯を包み、そこから緩やかな甘みが滴り落ちた。
「私ってけっこうマッチョなのよ」と、キンメが鼻を高くする。
肉体の躍動感に、コーフンした。
噛む喜びを伴うキンメダイは、なかなかない。
「いけない」。
食べた瞬間に、そう思った。
イサキというのは、そっけない魚である。
だがこのイサキはどうだろう。
きれいな脂をたっぷりと溜め込んでいて、それが歯に舌に上顎に喉にしなだれてくる。
十代後半の女性が見せる色気のような、従順な艶が、官能をたぶらかす。
酢飯の酸味や甘味も、それを静かに膨らます。
「いけない。これはいけません」。
4月末「蛎殻町 鮨すぎ田」にて。
全握りと肴は、別コラムを