三越前「蟹王府」

上海の夏1

食べ歩き ,

〈上海の夏1〉
目の前の皿から、香りが立ち上った瞬間、「大至急ご飯ください」と、勝手に口が動いていた。
「エビのすり身の青唐辛子詰と豚肉のバシル炒め/层塔煎酿辣椒猪肉」である。
醤油と砂糖による甘辛い味付けに、梅肉の酸味が効いている。
ニンニクの香りが食欲を煽り、青唐辛子の辛味が背筋を伸ばす。
そして最後にバジルが、爽やかな風で鼻腔をくすぐる。
豚肉やエビのうまみに加えて、甘味、塩気、醤油のうまみ、辛味、酸味、様々な香りなどがからんで、ああ、ご飯が止まらない。
「ご主人様、今日は暑いので、昼ご飯は豚肉とエビのバジル炒めではいかがでしょうか」。
「いいね。それにしてくれ」。
おそらく上海のお金持ちの家では、お抱え料理人と家主との間では、そんな会話が交わされるに違いない。
そんな生活とは無縁だが、上海の熱い夏を吹き飛ばす料理が東京で食べられる。
それだけで幸せである。