上海についた夜は

食べ歩き ,

上海についた夜は、いつものように「老吉士」に行って、中二階の奥に座った。
もう閉店間際なので、毎晩満席の店も空きが出始めている。
2代目の陽さんが、駆け寄るように寄ってきて、握手を合わす。


「元気ですか?」
「ああ、元気さ。陽さんも?」
うんと首を縦に振る、陽さんの目が優しい。
「いつものね?」 そう彼がウインクする。
「そう。それを食べにきたのだからね」と、笑う。


ビールが運ばれて飲んでいると、嫁菜の湯葉巻きと、豚の胃袋と白菜の和え物ニンニク風味が運ばれた。
胃袋とみずみずしい白菜の食感の組み合わせがいい。生ニンニクの味も上海人が好きそうな味わいである。
ほんのりと辛味を感じる嫁菜が、おだやかな湯葉に巻かれている。
表面上は緩やかでも、真には揺るぎない自己がある上海人のような料理だと思った。
そして“いつもの”である。


「芦高炒干慈火腿」。

ルーガオという細いニンニクの茎のような野菜とハムの細切りを炒めた料理である。
穏やかなセロリのような香りをしたルーガオがシャキシャキと弾み、ハムが旨味を底支えしている。
なんてことないような料理なのに、「老吉士」のこれは、しみじみと心を温める力がある。
スーはどうしているのかなあ。
いつもは才女らしい鋭い目つきで考えている彼女も、この料理を食べたときだけは少女のような目つきとなって、笑った。
冷静沈着で、人への気配りを欠かさない彼女だったが、この料理だけは、「一人で一皿食べたいの。お願い」と言って、二皿を頼んだ。
どうしているのだろう。
思いを巡らせていると、もう一つの「いつもの」が運ばれた。


「紅焼肉」である。上海名物であるこの料理は、どの店にもある。
しかし僕は、ここのが一番だと信じ続けている。
他のどの店より、濃く、深く、甘い。
しかし決してしつこくなく、思いやりのある濃さなのである。
スルメとともに煮込まれた豚肉は、舌の上で溶けていく。
脂っこさは微塵もなく その食感の儚さと味わいの余韻だけを残して消えていく。
そして上海の夜を、深い谷底へと導いてくれる。

店名と料理以外はフィクションです