メンチカツの王様

食べ歩き ,

メンチカツほど五感に訴えかける肉料理はない。

とくに大ぶりのメンチカツは、視覚的にインパクトがあり、箸やナイフを入れた時のサクッという音と感触が食欲をそそる。

湯気とともに立ち上る肉の香りと、衣の香ばしさに唾液が溢れ出し、口に運べば、豊潤な肉汁の旨みが広がっていく。

これらの要素を全て高いレベルで実現した〝最強のメンチカツ〟が、浅草・本所吾妻橋にある。

『わくい亭』の「メンチカツ」(600円)である。

威圧感さえ覚える大きさ、溢れる肉汁、質の良いパン粉と、肉の香り。数々の名店で揚げものを食べてきたが、自信を持って「横綱」に推したい。

ある日この店の暖簾をくぐった。内装を見れば素朴な居酒屋だが、洋食店出身のシェフがいるため、「海老マカロニグラタン」(800円)もなど洋食メニューも実にうまい。

メニューは日によって変わるものも多いが、食材の鮮度や和食の調理技術がものを言う「赤なまこ酢」(500円)や「締めサバ」(800円)など、何を頼んでも間違いがない。

一品料理をひとしきり堪能したあと、いよいよ「メンチカツ」を注文する。

遅い時間であれば売り切れてしまうこともあるので、早めに頼むか、店員にこまめに確認を取った方がいい。この日は20時になっても、まだ残っていた。

酔いもほどよく回り、腹も5~6分目。

それでも、この店のメンチカツの味を思い出せば腹が鳴る。

 

10分ほどで席に届いたメンチカツは、横幅20センチはある巨大な体躯で、美しいキツネ色をしている。

切り分けられていないので、肉の旨みが閉じ込められた宝箱を開けるような喜びがある。

メンチカツは、トンカツのようにザクザクと縦に切ってしまっては、肉がボロボロと崩れたり、肉汁が全て皿に流れてしまったりするため、食べ方にもポイントがある。

丸く小さいメンチカツならば、十字に切って4等分にすると、中身が崩れず、衣と肉のバランスも均等になる。

この店のメンチカツはあまりにも大きいので、縦に大きく3等分したものを、次は横に切り、6ピースに分けよう。

こうすれば、輪切りにしなくても食べやすいサイズになる。

 

ああ、断面の肉汁が艶やかだなあ。

まずはソースをかけずに食べる。

甘い牛肉の香りと旨み、玉ねぎの優しい甘みが口に広がる。

粗く叩いた細切れ肉が入っているのが特徴的で、噛み応えも十分。

それでいてしつこさを感じない。

 

メンチカツはコロッケと違い、多くの脂が含まれる。

そのため、揚げ時間と油温を調整し、脂を適度に抜きながら、ジューシーかつ油切れよく 揚げなければならない。

この店はその加減が精妙なのである。

黙々と食べ進んで、熱々のままで完食する。

途中パセリをアクセントとしてはせんでも、楽しい。

適度な塩気だけで十分に味わい深く、この日は最後までソースを使わなかった。

もっとも、ソースをたっぷりとかけた食べ方もアリなので、その日の気分に合わせて楽しみたい。

ビールにも日本酒にも合う、食べ飽きない逸品である。