肉を断ち衣を食す。

食べ歩き ,

 

20数年ぶりで暖簾をくぐる。

「いらしいしゃませ」。
かけられる声は心がこもり、威勢がいい。

長い長い、清潔なカウンターを埋める客も変わりない。

池波正太郎が「彼女たちは、いかにも仕事をたのしみ、前途の希望に胸をふくらませているかのように見える。~中略~安くてうまいカツレツを食べ、いかにも女そのもののすぐれた接待を受けるのだから、どんな客でも満足してしまう」。
と絶賛した女性の接客は1Fからはいなくなってしまったが、男性も感じの悪い人は一人もなく、きびきびと心配りが行き届いている。

座れば、入念に洗い上げたおしぼりが渡され、
入れたての茶が運ばれる。
すこし戸惑うそぶりを見せる客には、「ロースとヒレと串カツとなりますが」と、老主人が声かける。

注文が入るとさっと新聞数誌を差し出してくる。
ビールを頼めば、塩ピーナツ
酒を頼めば、こぶの佃煮
つまみつきで、瞬く間に出される。

厨房内は板張りで、これまたきれい。
店内も油のにおいが一切しない。

役割分担が決まっていて
肉を取り出し、衣付け、鍋に入れる人1名
揚げ係り2名。
そのうち一名の年配、初老の方は切る役目もこなす。
盛り付け担当一名。
サービス担当2名。
連携は一糸乱れることなく、流れるように仕事が進んでいく。

やはり食べるなら1階だ。
このすがすがしい仕事ぶりを見ているだけで、酒のつまみになるからね。

キャベツはなくなれば、さっとおかわりを盛ってくれるし おいしいごはんもおかわり自由。
とん汁は一回のみおかわりできる。

さてカツだ。
やや高温で揚げられしゆえか、肉汁量はやや弱い。
水分量の多い肉か、二度漬けゆえ衣ははがれて、ちと食べにくい。
これは昔と変わらない。
今のとんかつ事情からすると、 時代遅れの感はいなめない。
でも 連夜満席だ。
豚肉を生かした、もっとおいしいとんかつ屋はあれど、
とやかくいうのは、野暮なのか。

食べていて気がついた。
衣がかりりとうまい。
玉子と粉の甘みに肉汁染みて、 菓子のような軽快さが歯を喜ばす。
だから こんな端っこの、 肉より衣の多い部分が嬉しかったりもする。
そこへソースをどぼっとかけて、すかさず齧る。
ご飯を掻き込む。
それがいいのだ。

行き届いたサービスと、カツの衣。
真髄からは外れているが、
常時満席の秘密は、そんなところにあるのかもしれない。

食べ終わり、再び出されたおしぼりで手をぬぐいながら
そんなことを考えた。

目黒「とんき」にて