シャバで食べたいもの。

食べ歩き ,

もう二週間入院している。
左脹脛が、蜂窩識炎という聞いたことも、どう読むのかかもわからない病気にかかったからである。
入院最中に実施した古希の会は脱獄して、車椅子で参席歳、再び夜に戻った(主治医の許可は得ています)。
70歳になったからって、浮かれてんじゃねーよという神様からの戒めだったと、真摯に受け止めています。
よって二週間酒を飲んでいない。よって二週間病院食である。
肝臓はピカピカだろう。
病院食は、思ったほど悪くはないが、当然ながら塩気が薄く出汁も効いていないので、白ごはんが進まない。
毎回200gもご飯が出るのだが、食べきれない。
そこでこっそり、玄米ご飯を持ち込んでみた。
すると不思議なことに、よく食べられる。
おかずは、和食中心で、時折蟹玉やクリーム煮など洋食屋中華もでる。
結構味も良いが、一つだけ問題がある。
いろんな料理に時々しめじが入っているのだが、これがまずい。
すえたような変な香りがして、これだけは残してしまう。なぜだろう?
しかし年間700軒も食べ歩くタベアルキストが、毎日健康な病院食とは、極めて珍しい。
1日の総カロリー数が、2千キロを切っているのも、珍しい。
おかげで六キロも痩せた。
明日退院だが、外食のスケジュールをキャンセルしたので、しばらくはない。
そこで最初の外食は何を食べたいか。色々考えてみた。
焼肉、豚カツ、ステーキ、鮨、天ぷら、そば、鰻、フレンチ、パスタ、中国料理と、思いを馳せる。
だが正直に心に問うてみた。
すると今食べたいのは、名古屋「花いち」の、炊きたてご飯に揚げたて才巻海老を包んだ「天むす」である。
四谷「萬屋おかげさん」の塩おにぎりである。
京都「浜作」のお椀である。
「辻留」の「そばめし」である。
うすいはなこさんの、たたきゴボウである。
やはり普段色々エラソーなことを言っていても、日本人としても性からは逃れないらしい。
おかずということでは、真っ先に思い浮かんだのが「根芋の吉野煮」であった。
里芋の親芋から出る新芽を、おがくず等の中で軟白栽培したものをアク抜きし、炊いて、吉野葛で煮汁にとろみをつけ、おろし生姜を添えた料理である。
根芋自体は淡白で、スポンジ状なので味が染み込みやすい。
だが「根」というだけあって繊維質がしっかりあって、噛めばシャクッとした食感がある。
この一見弱々しいながらも根性がある対比が、日本人を思わせる。
クセがない根芋に対して、どれだけ淡い味を合わせるか。
と言っても淡すぎると意味がない。
食感も残しつつ、硬くなく、柔らかすぎず炊かなくてはいけない。
生姜の量も多すぎず少なすぎずと、シンプルなだけに料理人の感性と技術が出てしまう料理である。
「京味」の名物だったが、今はお弟子さん達に受け継がれている。
上が「新ばし星野」、下が「味幸」のそれである。
どちらも蟹というご馳走の後の五皿目に出された。
高揚の後の静けさに、背筋が伸びる。
1月にいただいたが、やはりこの料理は冬にいただくのがいい。
これを手元に置き。側には「七本槍」のぬる燗。
ああ。
退院したら大至急やりたい。
だがどちらも、予約は来年なので叶わない。
せめて頭の記憶だけで一献やろう。