「今夜は幸せでした」。
1人の女性客が言われた。
「ありがとうございます。そう思っていただけることが、何よりも嬉しいです。ほくらが何のために料理を作っているかを考えると、1人でも多くの方に喜んでもらいたい。そこが原動力なんです」。
そう片折さんは言って、目を輝かせた。
そのために、二日前から昆布を水につけ、お客さんが座る時間に合わせて昆布出汁を引き、直前で鰹節を削って、椀ものに仕立てる。
そう考えながら、毎朝毎朝百数十キロを走行して、食材を仕入れる。
野菜は採れたてだから、みずみずしい甘みを宿し、魚介は、澄み渡った味わいで、舌を洗う。
蟹味噌ご飯をよそう、片折さんの表情を見てほしい。
この子供のような、他意なき笑顔は、お客さんが喜んでもらえるだろうなと想像して、体の内から思わず漏れ出た笑顔である。
「石川には、自分の知らない宝物がもっとあるかもしれない。理想はまだ先です」と、以前片折さんは言われていた。
だから、もう何回も通っているが、いつも新しい料理に出会う。
同じ料理であっても、新たな発見がある。
掛け値無しに、美味しい料理がある。
だがここではそれ以上に、「お客さんを幸せにしたい」という片折さんの心根とシンクロする時間が、なによりのご馳走であり、我々に福をもたらすのである。