〜179の幸せ〜

食べ歩き ,

「マッキーさんいくつ?」
「64です」。
「飲んべえとしては、まだまだ小僧っ子だな。ガハハ」。
そう言って、ご主人は大笑いした。
ここは、船堀で70年近く営む大衆居酒屋「伊勢周」である。
メニューに書かれた料理を数えてみれば、129種類もあった。
おなじみのつまみから、グラタンなどの洋食に、締めは、ラーメンやチャーハンまである。
おそらく都内最大数ではなかろうか?
それをこの70を越えたご主人とダンディ息子の二人で、瞬く間に作ってしまう。
きっと「お客さんの喜ぶと顔を思って増えちゃった」のだろう。
大衆居酒屋の正き姿である。
塩味だけでニンニクをきかせ、イカとネギを炒めてオリーブ油を回しかけた「イカネギ塩味炒め」、創業以来注ぎ足して作っているという、丸い味の「煮込み」、チーズを挟んで揚げた「ハムカツ」、自家製の「お新香」、カレー粉とヨーグルトでマリネした「タンドリーチキン」、大ぶりなマグロが、たっぷり盛られる 「マグロ刺し」。鉄分弾ける「馬のレバー刺し風」、これまた串が大きい「やきとん」、珍しく、甘い「豚レバーの串カツ」、山盛りの「ポテトサラダ」、そしてナポリタンをグラタンにした、おじさん達を泣かせる「スパゲッティグラタン」。
ああ、頼まなきゃいけない肴が、沢山ある。
「昔はオヤジばかりだったけど、最近は若い女の子が来るよ」と言うが、早い時間は、オヤジの独酌客ばかりである。
皆焼酎のボトルキープが、流儀らしい。
そしてもう1つこの店には、流儀がある。
ちょっと混んでくると、片隅に積んであるパイプ椅子を持ってきて、カウンターの内側に座るのである。
つまり客土、他人同士が向かい合って座る。
さらにそうなると、互いが注文した肴を、「どうぞ」と言って、他の常連気にも勧める。
これは実に理にかなっていて、この店の料理はどれも量が多い。
二品も頼めば、お腹いっぱいになってしまう。
それ故に分け合えば、多品種でじっくり酒が飲めるというわけである。
これも向かい合うことによって生まれた、流儀なのだろう。