「ラブランシュ」の「ガスパチョ」を初めて飲んだのは、10年以上前だった。
確か新作だったように思う。
赤いとろりとしたスープを飲むと、野菜だけではないうまみが静かに開き始めた。
後口には、微かに甘い香りを伴った辛味がある。
一口一口に、複雑なうまみや香り、アクセントがあり、陶然となった記憶がある。
それは田代シェフの、ガスパチョに対する答えだった。
しかし名人ほど、自分が出した答えに満足しない。
もっといい答えがあるはずだと、もがき続ける。
10年ぶりに出会ったガスパチョは、まったく違っていた。
スープの上に様々な野菜が乗っている。
スープは、萌黄色で、様々な野菜が刻まれて入っていた。
一口で夏が弾けた。
夏野菜の力ある香りが、鼻腔を鼓舞する。
爽やかな風が吹いて、細胞が透き通っていく。
聞けばキュウリやセロリ、トマトなどをミキサーに入れて、スイッチを一瞬入れては止めるを繰り返し、最適な刻まれ具合になるまで、何回もくり返すのだという。
歯に舌に野菜たちが当たり、香りと味が開く。
スープは回して滲み出た、野菜のエキスとアサリの出汁と、韓国唐辛子の粉を合わせたものである。
「セロリの種類と量が一番大切なんです」。
そう言いながら70歳になられる田代シェフは、微笑んだ。
常に新たな答えを探して、料理を変え続ける熱情が、我々の心を奮い立たせる。
「料理が楽しくてしょうがない」
田代シェフの優しい目は、そんな喜びで輝いていた。