それでは、「ズッパ・ディ・チェーチ」を作っていきましょう。
今回はローマの昔からの作り方で、本当に貧乏人が食べるズッパの作り方ですが、若干アレンジしています。
最初にニンニクの塊と唐辛子を、オリーブオイルでさっと炒め、油に香りが移ったところでニンニクと唐辛子を取り出し、ローズマリーの葉の刻んだものを入れます。
豆の料理で使う油は、伝統的にオリーブオイルだけです。バターは入れません。脂分を加えたいときは、パンチェッタとかは加えてもいいですが、バターは絶対使いません。
あと、スープといっても豆の場合は、チーズはかけません。しっかりした味に仕上げるには、エキストラバージンのオリーヴオイルを仕上げにかけます。
次に、つぶしたアンチョビを大匙一杯ほど入れます。
もともとこの料理は、ガルムを使ったんですよ。その伝統を受け継いで、ガルムの代わりにアンチョビをすりつぶして、入れるんです。
そしてつぶしたトマトを、レードル一杯強入れますが、伝統的なスープは、トマトを入れません。なにしろトマトのない時代からある古い料理ですから。
ただそうすると飽きちゃうので、僕の場合はいつもトマトを入れるんです。
そこへ、茹でておいたエジプト豆をレードル4杯入れて、ブロード(ブイヨン)を入れます。濃度は好き好きですけど、向こうの人は濃いめが好きですね。
本来、豆を茹でた汁ごと入れるのが本当の食べ方ですが、一応レストランで出すということで、ブロードを使います。
ブロードは、鶏のブロード・ディ・ポッロです。鶏ガラか、廃鶏が一番いいですね。あとは香味野菜。
それと僕らはよく、熟れきったトマトを一個ぐらい必ず風味づけでつぶして入れます。あとはローリエと、ローマでは香りづけにクローブを一個か二個入れます。あとはパセリの軸ぐらいです。
ヒヨコ豆は、しっかり茹でてありますから、さっと混ぜ合わせ、ある程度温まったらそのまま出します。火加減は強火です。
ただし今のやり方では、豆の半量をつぶします。鍋から半分を取りだして、それをハンドミキサーでつぶします。
便利な世の中になりましたよね。昔は裏ごし器では濾せないので、ムーランで大量につぶすのが重労働でした。
やはりスープは、4~5人分を作らないと、作った気にならないですね。
僕はこのごろ、ズッパが、得意じゃないんです。でもやはりインゲン豆は好きで。
だから最近はつぶす量を多くして、固形を減らしています。これならオーブンでカリカリに焼いても、そのままおつまみになるでしょう。でも固形が多いと、ぼそぼそして飽きますよ。
さらに軽くするときは、芋の茹でたのを少し入れて、とろみをつける場合もあります。豆だけだと味が濃くなるので。インゲン豆なんかでもそうです。
あとは豆を浮き身にして、ズッパといってもパンも添えません。レストランで出すのにそれだけでは寂しいので、最近は魚介類を少し加えてアレンジしていますね。少し豪華にします。
今回はバッカラ(干鱈)を、細かく切って焼いたものを浮き身で入れます。干鱈とエジプト豆というのは、昔から相性がいいんです。
両方とも茹でた状態で一緒にお皿に盛って、オリーブオイルをかけて食べるというのが、特にクリスマスのときの精進料理です。バッカラ・エ・チェーチという、バッカラとエジプト豆の定番料理がありますから。
さあ別のフライパンで、バッカラを調理していきます。パンよりもこっちのほうが合いますから。
クルトンより大きめにした、戻した干鱈に小麦粉をまぶして、多めの油でカリッと焼き上げます。
高級店では、バッカラでポルペッタ(ミートボール)を作ります。パン粉と卵とペコリーノを少し入れて、豆より少し大きさのボールにして、さっと焼いて最後に入れます。
でもうちは高級店じゃないから、そういう面倒なことはやりません(笑)。本当は炒めづに揚げるんです。塩味をある程度残して、カリカリにしたほうがいいので。。
ようやくバッカラも、モンテ物産が日本で作ったいいものが入るようになりました。輸入物はいいのが入りません。
身が乾きすぎで、なかなかもどらないんですよ。日本で作らせたというこのバッカラなら、一晩で十分な厚さに戻ります。
生を使ったほうが安くなりますが、味が全然違いますからね。一度干した物は、風味がまったく違います。
仕上げに刻んだパセリを散らして。ここで塩で味を整えます。塩がきついのは、好きじゃない。
最後にエキストラバージンオリーブオイルを回しかけて、さあ完成です。
最近のレストランでは、このエジプト豆の料理は、つぶす場合が多くなっています。
インゲン豆はしっとりしていますけれども、エジプト豆はぱさぱさしていますから、年中食べていると飽きてしまうんです。
それとコース料理で組むには、あまり固形で豆が残っていると、胃の負担になるんですよ。なので今はつぶすほうが多くて、固体は飾りとか浮き身的に使うのが、特に豆料理では多くなっています。
最初に修行したホテル学校では、つぶしていなかったですね。その代り、塩味だけでは飽きるので、少しトマトを加えていました。
塩味にはアンチョビを入れます。アンチョビと唐辛子を入れるというのは、ローマのやり方です。
当時、メニューの中で、純然たるスープとしては四種類ぐらいを用意してありました。
ホテルの場合は、ほかの地方のズッパも作ります。ズッパ・ディ・ヴェルドゥーラ(野菜スープ)、ズッパ・ディ・ファジョーリ(インゲン豆のスープ)があって、北イタリアのズッパ・パヴェーセ(コンソメとポーチドエッグのスープ)。この三つは定番で置いていました。。
今回のエジプト豆のスープでも、バッカラの代わりにパスタを入れれば、パスタ・エ・チェーチという料理になります。
みんなパスタ何とかという、豆の名前がついたスープ料理に変わるんですね。
豆だからどんな食材とも合う反面、単純な味なので、ほかの物を加えることが多いです。
もうそろそろ終わりですが、ローマだと冬場は、ブロッコリ・ロマネスキを茹でて炒めたものを入れたり、ほうれん草とか菜花との茹でたものを少し入れると、アクセントがついて飽きがきません。
トスカーナに近いところへ行くと、カーボロ・ネーロ(黒キャベツ)を、豆と一緒に煮込んでスープにします。その流れで、最近のレストランでは高級感を出すために、魚介類を入れるようになったわけです。
また、パンチェッタとかグアンチャーレを、下味で入れる場合もあります。インゲン豆には、グアンチャーレとかパンチェッタとか、生ハムの切れ端や皮も入れます。
生ハムの皮は、もどして柔らかくしてから、一緒に煮込みます。これもローマではよく食べますよ。インゲン豆でもエジプト豆でも食べます。
ズッパ・ディ・ファジョーリ・コン・コティケといいまして、コティケというのはローマ弁で豚の皮のことです。イタリア語だとコテンラです。
レストランと、昔から家庭で作られている豆のスープの一番の違いは、ブイヨンを使うか、茹でた汁を使うかということです。
イタリア人はぐつぐつ煮ますから、けっこう味が出てきます。日本みたいに硬くしっかり残さないで、豆は煮崩れるぐらい煮ますから、それがとろみにもなりますし。
向こうの居酒屋の締めは、豆のスープなんですよ。一番多いのはインゲン豆とパスタのスープで、日本人が帰りにラーメンをすするみたいな感じで。
今はワインバーとかでも豆のスープは載せていますね、伝統だから。
味はどうですか? そうですかよかった。
今回、ニンニクも唐辛子も、ほのかに利かせていますが、あとは好みです。
僕はお客さんに出すので、上品に仕立てないといけませんから、ほのかにしか利かせませんけれども、自分たちが食べるときはもっと利かせます(笑)。
トマトも本当に少しだけです。あまり入れるとトマトの味が勝つので。豆の味わいを生かすように。