日本中から料理人が訪ね

食べ歩き ,

日本中から料理人が訪ね、数多くの杜氏たちが今年の酒の出来を尋ねにやってくる店が、三田にある。
一品目は茶碗蒸しだった。「三年もののスッポンと岩手の松茸です」。そう言って出された茶碗蒸しは、スッポンの深く澄んだ滋味に満ちていた。
一口飲んで「はぁ」と充足のため息をつき、「おいしい」と呟くと、ご主人は嬉しそうな顔をしながら、「今日はこれが最高、後はまずいですから」。と微笑まれた。
すっとぼけた人である。
「甘のキレがない酒はあきません。発酵が足りていないから、食中酒にならないんですね」と、正論を説きながら、こそっと冗談を言う。「この地に店を構えて43年になります。まあただやっているだけですがね」。といいながらとんでもない。
柿の自家製豆腐とクリームチーズの白和えは、シャンパンと合わせて香りを膨らませ、カマスは塩だけで締めて、その優しいうま味を生かして寿司にする。夏フグとイカのお造りは、包丁の冴えを見せる。
甘鯛と金沢蓮根のおろしのお椀は、静けさの中に深々としたうま味を溶け込ませたつゆの味が打ち寄せ、それを綿屋の22BYと出会わせる。
スッポンの生姜煮は、その塩梅がなんとも精妙で、野菜の胡麻ソース和えはそれぞれの寸が計算されて、口の中で絶えなる調和を生み出す。栗のチップスから三田牛イチボと松茸の焼物、渡蟹の酢の物と至る流れに酔い、〆は雑味が一切ないジャコによる御飯と、バルサミコと赤ワインを聞かせたカレーで唸らせる。
さらには混ぜ物なし、かぶせもなしという、最上質な煎茶を何煎か出して心を安寧へと運ぶ。
カレーの味をほめたら「こんな感じじゃないかと、いい加減なもんです、ですからまずかったら勘弁です」と冗談で返す。
43年間ただやっているだけではない。サラリーマンを二年やって、5年修行して店を出したが、なにがおいしいのか追求しようと、ただただ食べ歩き、日本酒を極めようと15年間かけて500万円を使い、ワインにも20年かけた。
鰹と昆布は30年かけてようやく、最上質なものを直接取り寄せることに成功して今があると言う。
日本には、まだまだこんな店があるのだろうか?