時間というご馳走。

食べ歩き ,

「お料理が50分ほどかかってしまうのですが,よろしいでしようか?」
店に入ろうとすると,言われた。
正しい。
鰻屋はこうでなくちゃいけない。
江戸時代鰻屋は、逢引きの場所でもあった。
個室の座敷に通され、お茶かお酒が出されたら小一時間,いや場合によっては,2時間誰も部屋には誰も入ってこない。
愛を育むには,十分な時間である。
昭和始めの名店「小満津」(熱せられた水が風呂に注がれていた。
客は注文後に、一風呂浴びてから浴衣に着替えて、仕出しの刺身などを食べて,うなぎが焼き上がるのを待った。
なぜならアラミニッツだからである。
注文が入ってから捌き、串打ち、焼き、蒸し,蒲焼に仕立てる。
時間がかかるのは,必然なのであった。
肝煮をつまみながら酒をやっていと、50分とはかからず,35分ほどで運ばれた。
割きと串うち、地焼きはやられているのかもしれない。
焦げ一つない,艶やかな蒲焼が食欲をわしづかむ。
皮を下にして食べれば、とろんとゼラチン質化した皮下か舌を舐め、甘い脂が広がっていく。
腹を下にして食べれば、タレと脂が入り混じった香ばしさに、心が溶ける。
さらにはご飯がおいしい。
魚沼さんコシヒカリの新米である。
飛騨高山の山椒をはらりとかけ,鰻を口に入れたら,すぐさまご飯を掻きこむ。
魚沼産コシヒカリの新米が甘く香り,もっちりと歯の間で弾んだ。
水戸「ぬりや」にて