エロスを生む才。

食べ歩き ,

鯛は、想像だにしなかっただろう。
ワイングラスに入れられ、オリーブ油を注がれて、漬けにされるとは。
鯛は日本人にとって大切な魚である。
縁起がいいだけではなく、気品がある味わいを愛している。
たおやかでありながら、芯にたくましさも秘めているのは、日本人の美学に通じるからだろうか。
それだけに、日本人は鯛にうるさい。
カルパッチョや中国風の刺身を食べた瞬間に、「これだったらお造りのほうがいい」と、率直に思ってしまうところがある。
味覚とは、嗜好とは、保守的なのだ。
「スワリングしてください」。
シェフはそういった。
ワインを飲むときのように、グラスを回す。
鼻を突っ込んで、香りを聞く。
すると、青草やトマトのヘタ、アーモンドやバターの香りに、鯛の脂が溶け込んで、甘やかな香りが立ち上がってくるではないか。
食べれば、なんとも色っぽい。
オリーブ油にまみれた鯛の肉体が、舌にしなだれる。
プールから上がってきた女性の、濡れた肌や髪の色っぽさに加え、鯛の体躯に潜んだなまめかしさが加わって、心を焦らす。
塩や醤油、わさびで食べていたときには感じなかった、情愛が滲み出ていた。
エッチだなあ、能田シェフは。
神谷町「ビストロ64」 能田シェフの不定期レストランにて