つゆが口に流れて、静寂が訪れる。
滋味が膨らんで、安寧に包まれる。
「大夢」での最初に出されるのは、煮物椀である。
「暮の秋」と題された10月のお椀は、「霊水譚」と名付けられていた。
丹波栗のしんじょうを主役に、蕪と春菊を合わせた椀である。
「ああ」。一口飲んで、ため息がもれた。
透明な液体に溶け込んだ養分が、舌を包み、喉に落ち、体の隅々まで染み渡っていく。
言葉などいらない。
幸せが、生かされている感謝が、せり上がって、体を満たす。
栗はまあるく甘く、ほのぼのとさせ、蕪の穏やかな甘みがその中をゆるゆると泳ぐ。
そして春菊を食べれば、ほろ苦さが刺して、一旦甘みを洗い流す。
栗、蕪、春菊。
それぞれの調理と量が的確で、精妙な共鳴を奏でる。
均整美に目が潤む。
「ああ今月も大夢の食事がいただける」という感謝に、心が熱くなる。
「霊水譚」の譚とは物語を意味する。
菊児童というで、菊の花が乱れる仙境に住む美少年がいた。
その美少年は菊の花にお経を書きしたためて、その菊の花から滴る霊薬を飲み続けて七百年生き続けた。
その霊薬は不老長寿の薬となって国土を潤したという中国の話である。
不老長寿のお椀、甘露の雫として丹波栗のお椀である。
「大夢」の10月の料理