そのローストビーフは、舌に吸いついて来た。
ナイフで切り、口に運ぶ。
肉はどこまでもしなやかで、舌と同化する、きめ細やかな肌を這わせてくる。
噛む。
すると肉は、甘いエキスを垂らしながら、きれいなフォンドブッフのうまみと舞った。
未だ精気が渦巻いているような色気を、人間に与え、コーフンさせる加熱でもある。
周りには、スパイスカフェ伊藤さんが深煎りした8種類のインドスパイスがつけられているが、主張しすぎていない。
スパイスが遠慮しているような、気を使っているような気配があって、肉の滋味を盛り立てる。
肉の奥には、フュメドポワソンで炊いた真竹、下には、キャビア・ド・オーベルジーヌならぬベイガンバルタが隠れていた。
二つの異なる甘さが、肉の甘さと共鳴し、穏やかな気分を運んでくる、
そしてまた肉だけを食べれば、コーフンが巻き上がる。
生まれてこの方、数多くのローストビーフを食べて来たが、これは、生涯最高のローストビーフである。
もうこれから先、これ以上のローストビーフが食べられないかと思うと、涙が出た。
サカエヤ近江牛内腿肉のローストビーフ ベイガンバロタ・深煎り八種スパイス。
「星のや東京」岡シェフと押上「スパイスカフェ」伊藤シェフとのコラボ会にて
二枚目の写真を、お腹空いている時に大きくしないように。