漆黒の椀に、豊穣が満ちていた。
その日の出汁は、いつもより少し昆布が強いようだった。
やがてお椀が運ばれる。
「能登鮑と玉子豆腐の椀になります」。
蓋を開けると、湯気の向こうに、薄く、薄く切られた鮑が横たわっている。
乳白色の体を通して、うっすらと淡い黄色が見える。
汁を一口飲む。
玉子豆腐に下に隠した、青柚子の香りが開く。
そして濃い昆布味の汁は、鮑の滋味と抱き合い、さらに濃く迫ってくる。
鮑をかじる。玉子豆腐を食べる。
鮑の乳が垂れ、淡い淡い玉子豆腐の優しさが広がる。
濃厚なつゆと、椀種の淡。
濃淡が口なお腹を巡る。
その調和が美しい。
鮑をかじった後に、玉子豆腐の優しさを味わい、汁を飲んで、目をつぶる。
すると海底で鮑が昆布を食べ、一筋刺す太陽の光が、冷たい海水に温かみをそよがす。
そんな光景が目蓋の裏に浮かんで、僕を海底へ引き摺り込むのであった。