「昆布もカツオも使ってない。穴子の出汁だけ。うまいでしょ?」
茄子を炭床に突っ込んで、真っ黒焦げに焼き、皮を剥く。
穴子出汁に入れる。
椀妻も吸い口もない。
茄子と穴子だけである。
茄子はどこまでも甘く、てろんと溶けて、たくましい出汁と抱擁する。
そして心に、限りなき優しさが、降りそそぐ。
「穴子の頬と顎下が残るだろ。それをカミさんようにちらし寿司にしたんだ。ちょっと食べてみるかい?」。
長年穴子料理をやってきたものだけが知る、穴子の最もうまい部位である。
ただ小さいから、客には出せない。
そいつをたくさん集めて、甘辛く炊いてちらし寿司に混ぜる。
これはいけない。
小さい肉片ながら、体の奥底を焚きつける濃密な旨味が押し寄せてくる。
穴子は、酢飯に魔法をかけて、うまみがふくらませ、そいつは食欲に、火をつける。
「前は、穴子フライって書いて張り出してたんだけど、最初っからそればかり頼もうとする奴が多くてね。メンドーだから書くのやめたんだ」。
と、言っても、穴子のフライは出てくる。
きめ細かくした衣がカリリと音を立てて弾けると、しなやかな穴子が現れ、あまみを舌に広げていく。
ウースターソースも一から作った自家製なので、出しゃばらない。
こんなにも心を豊かにするフライを、僕は他に知らない。
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