はふはふ 固形物飲食時熱気配慮型幸福属。
熱い固形物を食すときに、主に発せられる。特に雑煮の餅飲食時に多いとされる。性別年齢不問。
はふはふ、サクサク、シャキシャキ、つるり。
人が美味しいものを食べた時、そこには音がある。
それは擬音語=オノマトペ。
いや、おいしさを表現するのだから、グルマトペと呼びたい。
当コラムは、そのグルマトペを、心理学、人間生態学、言語学、哲学などの側面から、真面目に研究し、美食表現辞典として後世に残そうという、大それた主旨なのである。
第一回は、「はふはふ」。
その表現のため、今目の前に、塗りのお椀が運ばれてきた。
蓋を取ると、ふわりと湯気が立ち上り、顔を優しく包み込む。
湯気の向こうには、お雑煮の美しい光景。つゆを一口すする。
「はあ~おいしい」。
奥深い出汁に、充足の呟きが漏れる。
そして餅が来る。
香ばしく焼けた餅に、唇を寄せ、歯を立てる。
「はふはふ」。
餅の熱さを逃さぬよう、さりとてやけどをしないように、配慮の心根が、言葉となって口をつく。
熱い、あんかけそば、焼き芋、湯豆腐、焼きたての大判焼き、熱々の肉まん、揚げたてコロッケ、かぶら蒸し。
「はふはふ」とほおばる食べ物は多いが、雑煮の餅ほど、「はふはふ」が似合う奴はいない。
「はふはふ」と言われた餅は、ハッと我に返り、本分である粘りを発揮して、つつぅ〜と伸びながら舌の上に乗ってくる。
そこで再び「はふはふ」となる。
「はふはふ」と、舌の上で転がしながら、きめ細やかな肌合いと餅の甘味を楽しむ。
焼き色がついた表皮はカリッと香ばしく、中はもっちりと甘い。
そこへ出汁のうまみが駆け抜ける。
毎年雑煮を「はふはふ」しながら思う。
一年中雑煮を食べたいなあと。
しかし雑煮は、冬だからうまい。
寒い外気を想いながら食べるからこそよく、その温度差があってこそ、「はふはふ」が生きてくる。
自然を愛する日本人ならではの、グルマトペなのである。
冷えた体を食べ物で暖める、感謝の言葉でもある。
「はふはふ」と言う度に、幸せ感が満ちるのは、そのせいだろう。
この感謝に加え、食感の柔らかさも貢献する。
いくら熱くとも「はふはふ」は、固い食べ物では、生まれない。
柔らかく、熱い食べ物を口にするとき、人は、「はふはふ」しちゃうのである。
また、ゴーカな料理も似合わない。
質素に込められた熱気の知恵が、心をふるわせ、「はふはふ」と言わせるのである。
今年の正月もまた、四季を愛し、静を愛で、自然と共生してきた日本人としての深謝をしながら、家族で「はふはふ」の合唱をしようと思う。
そうして雑煮を、餅を、存分に味わおうと思う。
「はふはふ」採取場所 荻窪「有いち」。
一月は雑煮椀を出す。破れぬよう、炭火で丹念に焼いた餅が甘い。九州風に、塩焼き鰤を入れた雑煮で、鰤の滋味に配慮し、鰹節を控えた出汁が、飲み終わりに頂点となる。鰤との馴染みがいい、白味噌椀も素晴らしい。