中目黒 「よだぎんぼ」

四十秒の幸せ 冷や汁650円 

食べ歩き ,

宮崎の郷土料理「冷や汁」は、元来は鎌倉時代に、イリコと味噌を擦り込んだ煎り味噌を携えていた僧が、托鉢でもらった麦飯に水で溶かしてかけて食べたものだそうだ。

それが、宮崎平野部の農村に受け継がれ、暑い夏ゆえに、飯も食わずに早朝から働いていた農家の人が、家に帰って手早く食べるための朝食として、根づいたということである。
簡易食とはいえ、あっさりとした味わいは夏の食事として最適であり、同時に、胡麻、魚類、野菜類、豆腐から、さまざまな栄養素がたっぷりと取れる、実に賢い料理なのだ。
現在東京でも、宮崎の郷土料理店を中心に、「冷や汁」が食べられる店は増えてきたが、魚のえぐみが強く出すぎたものや、素朴な料理なのに高級な白身魚を使う、上品で高価な「冷や汁」を出されてしまうことがある。
この宮崎地鳥焼きの店「よだぎんぼ」をお奨めするのは、くどくなく、ほどよい味わいの「冷や汁」に、廉価で出会えるからである。
作り方はこうだ。

鰺を焼いて身をほぐし、白胡麻と白味噌、赤味噌とすり鉢ですり合せる。これをすり鉢のまま、直火で香ばしく焼いて焼き味噌にし、かつおのだし汁で溶き、つぶした豆腐を入れて冷やす。出す間際に、薄切りの胡瓜、千切りの大葉を入れて完成だ。

「よだぎんぼ」ではこれに麦飯ではなく、一膳の白飯を添える。
熱々のごはんに、冷たい「冷や汁」をぶっかけ、茶漬けの要領でサラサラとかきこみだすと、もう箸は止まらない。

冷たさと熱さが入り交じる、魅力的な食感に加えて、味噌の香りとコク、魚のうまみ、胡瓜のみずみずしさ、豆腐の甘み、大葉のさわやかさが、絶妙なバランスで混じりあっておいしさは増幅し、持ち上げたお碗を下ろす事なく、四十秒ほどで食べ終えてしまう。
たった四十秒の幸せである。
この短い幸せは、この店で腹一杯鳥肉を食べ、しこたま焼酎を飲んだあとでも、なんなく胃に収まる。収まるどころか、あとを引き、おかわりしてしまいたくなる。もちろん、酒を飲む前に食べて、胃を整えてもいい。
「よだぎんぼ」とは、宮崎弁で、「甘えん坊」とか、「怠け者」といった意味だそうだが、暑い夏ですっかり怠け者になってしまった食欲に、「冷や汁」でカツを入れに出かけよう。