トマト鍋

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トマトがうま味を広げながら、一筋縄ではいかぬ熟れた酸味を滲ませ、目を覚まさせる。そこへ木姜子油が、レモンに似た爽やかな香りを放ち、ナマズはぬるんと口に滑り込んで、品のある甘さを広げていく。

危険な鍋である。トマトを米のとぎ汁、塩水、泡菜の漬け汁、少量の唐辛子で、数日間発酵させたものをベースにした鍋は、食べるほどに、抜け出せない魔力に畳み込まれて、虜となる。今までのトマト鍋がばかばかしくなる、怪しさがある。
トマトの味の向こうに広がるのは、畑だけではない。山があり、川があり、森がある。そして妖艶がある。

しかし魅力はそれだけではない。発酵料理と聞くと、発酵臭や舌を突く酸味など、強烈な個性が頭に浮かぶ人もいよう。

むろんどの皿も、個性は強い。

だがこの鍋も、強烈な酸味を感じさせながらも、淡いナマズの滋味を伝え、白菜は海老の甘みを膨らませ、貴州納豆の香りとうま味は、青唐辛子の風味を鮮やかにし、フグ卵巣の練れた塩気は、豆腐の優しさを引き立てる。

そうして気づく。発酵によって丸く、かつ深みを増した酸味やうま味は、「寛容力」となって、食材を生かす力となることを。

 

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