今日まで我々は、この生物のしぶとさを知らなかった。
「彼女の酔っ払いガニを食べなければ、上海グルメとは言えない」。
そうとまで言われる、汪さんの作った酔っ払いガニと焼きガニを食べた。
年間3万匹を作るという酔蟹は、3種類の醤油と茅台酒、砂糖、秘密の調味料を混ぜ、5日から7日漬け込む。
今まで数多く食べた酔蟹とはまったく違う。
漬け汁と蟹の境界線がない。
だからといって蟹の身に漬け汁が染み込み過ぎているのではない。
漬け汁と蟹が、完全に抱き合って、深い海の底に落ちていった気配がある。
にゅるん。とろり。ずるん。
蟹の身や卵や味噌を食べていくうちに、我々は深淵が見えぬほどの闇に落ちていく。
うっとりと、夢見心地になりながら現世から解き放され、酔蟹の魔境へと旅立つのだ。
焼き蟹の話はまた次号。