これもまたいいねは、少ないかもしれない。
「昆布の佃煮」である。
しかして、ただの昆布の佃煮ではない。
常連だけにこっそり出す、ヒラメの昆布締めに使った昆布の佃煮である。
食べると、甘辛い味はつけられているものの、うっすらとヒラメの味が染みている。
それがどうにもうまい。
濃い味の向こうに、ヒラメの上品な甘さがたなびいている。
これぞ料理の不思議である。
ヒラメの風味を消さぬよう、さりとて甘辛が弱くならぬよう、絶妙に味つけられ煮られている不思議である。
それだけではない。
常連であるカリスマの料理研究家の一言がきっかけだった。
「お父さんの佃煮はもっと細かったわ」。
だから以前より細い。
佃煮をこんなに細く、同寸に切るのは至難だろう。
だが70をとうに超えるご主人は、より良きを目指して、細く細く切られた。
いつ来るかわからぬ常連のために、何度か試作して、細く細く切られた。
細く切られたことによって、さらにご飯と馴染み、空気が入り混じることによって香りが立ち、どこにもない極上の佃煮となって、輝く。
これが料理である。
荒木町の割烹@たまる。