東京の呑兵衛には、老舗居酒屋で飲むという特権がある。
そりゃあ他県にも、老舗居酒屋はありますよ。でもこれだけ充実し、残存数が多いのは、東京だけ。これを楽しまなくちゃ、東京で呑兵衛とは名乗れない。
創業安政三年、鶯谷「鍵
屋」。明治十年創業、北千住「大はし」。明治十八年、神田「みますや」。大正十四年、湯島天神下「シンスケ」。昭和三年、十条「斎藤酒蔵」。昭和十一年、自由が丘「金田」。昭和十二年、神楽坂「伊勢籐」。昭和十四年創業、八重洲の「ふくべ」。
どうですこのラインナップ。数多き文化遺産で飲めるのは、東京ならでの幸せである。
今回の「みますや」は、東京で三番目に古い居酒屋で、昭和三年に建て替えられた建物は、古き良き時代を忍ばせる。
創業以来、大衆居酒屋として庶民の味方。安く、うまく、種類豊富な肴と、廉価な酒が、我々の心を温めてくれる。
今夜も早くから、サラリーマンで満席。ああ、嬉しいじゃありませんか。
丸く赤い提灯には、大きく「どぜう」の文字。
長縄暖簾を潜り、ガラス戸を引けば、店内は広大で、客の喧噪が高い天井に響き渡る。
黄色く柔らかな灯りの中、三和土、時代と酒と客の愛着が染み込んだ机や柱、梁が、黒く、渋い
光を放っている。
ゆったりと時が流れる風情の中、過ごす時間は格別である
ここで一人鍋をやるなんざあ、これからの季節にはたまらない。
鍋は二人前からなんて野暮なことはいわない。牡蠣にアンコウ、ネギマ鍋。豚にふぐちり、さくら鍋と、豊富に揃えられた鍋から選び、燗酒相手に一人つつこう。
そうすりゃほら、都会の垢と汗は落ち、自分だけの世界が戻ってくる。