日本が生んだ偉大な簡易食「丼」。
なにせおかずを飯に乗せれば、丼になるのだから、可能性は無限大。
だが別皿で食べればいいものまで丼にすることはないし、着飾りすぎの丼もよそよそしい。趣旨は「渾然一体、ちょいと下品」。
以下、そんなまっとうな丼道を歩む丼たちのご紹介したし。
北海道は、いくら丼やうに丼が人気だが、忘れてはならぬのが、帯広発祥の豚丼だ。
お奨めは「佐倉」。
上にのったロース肉で甘辛ダレが染みた飯を包んで食べれば、肉汁と炭火焼きの香ばしさ、脂の甘みとご飯の甘みが、ぎゅっと詰まって、ああうまい。
仙台は、カキフライの玉子とじ丼、「かき徳」のかき丼といこう。
カリッと衣にかじりつけば、ミルキーなかきのほの甘いジュースがこぼれ出し、甘辛いタレと混じりあって、猛烈にご飯が恋しくなってくる。
そこですかさず掻き込めば、あなたの箸は止まらない。
お次は、群雄割拠の東京だ。
まずは王道丼から。
かつ丼なら「かつき」。
ご飯と一体化する肉の薄さ、衣の香ばしさ、絶妙な卵とじ加減、ツユの量と濃さ、バランスが誠によく、いつ食べ手も変わらない。
疾風の如く食べてしまうかつ丼だ。
変わり者なら「鈴新」ののっけかつ丼。
ご飯にのせた揚げたてカツの上に、ダシでとじた卵をのせた丼で、卵の柔らかさと衣のカリッとした歯触りの対比が楽しいゾ。
醤油ダレで煮たカツのせた、煮カツ丼もぜひ。
鰻丼は「うな藤」。
昼丼の鰻は半身ながら、注文を聞いてから蒸して焼くという丁寧さ。
艶やかな鰻を舌にのせれば、程よく脂ののった身がふわりと溶けて、思わずにやり。あとはおいしいご飯と掻き込むだけだ。
天丼は、「つじ村」、「畑中」、「天庄」の三軒。
いずれも素材の旨味が生かされ、天ぷらとつゆのなじみもよく、ご飯も申し分ないおいしさ。そして「はみださない、積み上げない、ツユ薄すぎない」という、天丼の理想が貫かれ、丼上の調和が美しい。立派。
そば屋天丼なら、「まつや」。辛目のつゆがエビの甘みを引き立て、掻き揚げのイカも見事な火の通し。。しかもこの値段。庶民派天丼の模範である。
かき揚げ天丼なら、「井古満」を推す。
分厚いかき揚げのさっくりとした衣に歯を入れると、適妙に火が通ったエビ、蟹、貝柱、三つ葉、舞茸が現れる。天つゆの量も程よく、崩しては混ぜ、掻き込みと、かき揚げ天丼ならではの食べる楽しみに富む丼だ。
牛丼は「人形町今半」だ。
肩ロース、みすじ、ももを混ぜた切り落としは、キレのいい脂や濃厚な肉の旨味が次々と舌に乗ってきて、ご飯を猛然と掻き込ませる。温泉卵や上品な割下、新香や味噌汁など、脇役陣も一点の曇なき、爽やかな後味を呼ぶ丼である。
親子丼では、「しる芳」と「利休庵」。
前者は、関西風で、香り高い薄味だしとムースのようなとじ卵、滋味に富む鳥もも肉、上質なご飯、ねぎが織り成す上品な親子丼だ。少々高いが、小鉢をつつき、庭を眺めながらゆるりと食べる、贅沢な時も過ごせる丼である。 後者はそば屋。とじ玉子に黄身を落とすので、だしを吸ってふわりとなった半熟玉子とねっとりと舌にからむ生卵玉子の両者が味わえる。下町風に甘辛く、たっぷりとかけられたダシに、三つ葉と海苔が香る、昔風正統親子丼である。
五大丼のあとは変わり丼。
海鮮系では、「割烹浜石」の穴子卵とじ丼。照り焼きにした穴子を天ぷらにし、ダシで軽く煮て玉子で閉じた丼で、穴子の風味が舌に力強くのって、思わず顔が崩れる。丁寧な仕事が光る丼である。
「明石」の鰯叩き飯は、太った鰯をしそやわけぎと共に叩き、熱々ご飯にのせる。鰯に力があるので、少ない醤油味だけでぐいぐいとご飯を掻き込ませ、鰯の実力を見直す丼である。
肉系では、「丸しげ」の豚ほっぺ丼。
頬肉を甘辛く味つけて焼き、ねぎとご飯にのせたもので、頬肉ならではの噛む喜びとにじみ出る肉汁が楽しめる丼だ。
鳥丼では、「栄一」をお奨めしたい。熱々ご飯にのるは、もも肉、レバー、砂肝、うずら卵、つくねの五本。丁寧な仕事によって生きた各部位の滋味と、食感の違いを楽しみながらご飯を掻き込める丼だ。
「きつねや」のホルモン丼もいい。大鍋でこげ茶色に煮込んだホルモンとコンニャクをご飯にぶちかけ、刻みねぎをたっぷりとのせた、築地の朝を支える丼だ。こってりとした味わいに、七味をたっぷりかけて掻き込む朝食、たまりません。
変わり種が、「煙事」のベーコンエッグ丼。半熟目玉焼き二つと厚切り自家製ベーコン六枚に、白胡麻とあさつきをあしらった丼だ。ベーコンでご飯を巻いて食べれば、ご飯、豚、玉子の三者の甘みが一体化して、笑い出すは必至である。
中華丼なら、「北京亭」の辣醤火丼がいい。
ピーナッツ、豚肉、シイタケ、筍、豆腐干を唐辛子を利かせて炒め、味噌で練り上げた辣醤を、炒めたピーマンと玉葱に加え、ご飯にかけた丼。辛さと野菜の甘みが交互に押し寄せる、痛快丼なり。
次は東京を離れて横浜から。「秀味園」の「魯肉飯」と「菜香」の塩漬け魚挽き肉蒸しのせご飯をご紹介。
前者は、煮豚バラの塊と煮玉子、揚げ葱と肉味噌、高菜漬けの四者がのった丼。
すべてがご飯を呼ぶ濃厚惣菜ゆえに食べ出すと箸が止まらぬ丼だ。
後者はハムユイと豚挽き肉を合わせ蒸した料理をのせたもの。ハムユイ独特の匂いが肉を引き立て、ご飯を強烈に呼び込んで、一心不乱化してしまう丼だ。
名古屋では、「宮鍵」の親子丼。首ツルやももなどの挽き肉を玉子でとじた丼で、肉と玉子の味が渾然と入り交じり、箸が次第に加速していく丼だ。薄味でさっと煮た一口大の鳥とねぎをのせた鳥丼もおすすめ。
お次は京都。「つるや」のあげカレー丼は、油揚とねぎのカレー。
歯ごたえのしっかりした京揚げゆえに、食べて目をつぶれば肉のよう。京都人の油揚への敬意の深さと知恵に感服。
「千疋屋」の欧風ビーフカツ丼は、サフランライス、ベーコン入りスクランブルエッグ、チーズ入りビーフカツ、デミグラーソースを重ねた、これでもか攻撃。
食べれば、それぞれが見事に一体化し食べ手に迫る。
「さか井」の穴子丼は、ご飯を覆った穴子の短冊切りにもみ海苔を散らした丼。
ツメの甘さも程よく穴子引き立て、海苔の香りとともにご飯掻き込めば破顔一笑。
京都は、親子丼の聖地としても忘れちゃいけない。趣漂う「鳥岩楼」のそれは、ちょいと甘めながら、ふわふわ半熟玉子に、滋味にあふれた鳥肉がたっぷりと入った、実質主義。真ん中に乗ったうずらの生卵割って、ひたすら掻き込むべし。
大阪「くりやん」のポパイ丼は、豚バラ肉細切りとほうれん草を炒め合わせ、甘辛ダレで味つけて、マヨネーズを添えた丼。明快にして濃厚。
けったいながらも素直にうまい丼だ。
もう一軒大阪から「肥後橋南蛮亭」の地鶏丼。ももと胸の薄切り焼きになじんだ丸みのある辛口ダレが、ご飯を呼ぶ、人気昼丼だ。
福井「ヨーロッパ軒」の元祖ソースカツ丼は、長年の人気丼。秘訣は薄いロースカツ数枚と、甘さと酸味の調和がとれたソースにあり。カツもソースもご飯とぴたりと一体化して、脇目もふらず食べてしまう。思い出すと無性に食べたくなるカツ丼だ。
岡山「やまと」のカツ丼も同様な吸引力あり。
香ばしく揚げられた、柔らかいカツ数枚の上にかかるのは、茶色いデミグラソース。
洋食屋のそれと違い、鰹だしベースゆえに、ご飯との相性が増すは道理。思わず口もとが揺るむおいしさである。ラーメンと小カツ丼の組合せも楽しいゾ。
最後は福岡から、鮮魚市場内にある「福魚食堂」のかんぱちうに丼。もみ海苔散らされた熱々ご飯に、ふっくら膨らんだ美しきうにと脂ののったかんぱち切り身。
甘みのきいた胡麻醤油ダレをかけまわして掻き込めば、ああ幸せ。安くてうまい、市場丼である。
どうです。
各国丼のすばらしきこと。
変化に富むこと。
そこに込められた知恵は、まさしく、豊かな日本食文化の象徴だぁ。