焼 き ト ン 二本百七十円
この店に訪れるには、都心から四十分はかかる。渋谷辺りからだと小一時間はかかってしまう。
「ちょっと一杯飲ってくかぁ」。と仕事帰りに寄るには、いささか遠い。
近隣に住む人には申しわけないが、京成立石と聞いて、ひょいと身軽に出かけたくなる人は少ないだろう。わたし自身も初めて訪れたとき、どのように乗り継いでいけばいいのかさっぱり分からず、一時間ほどかかってたどり着いた。
しかし店の活気にまぎれ、焼きトンを一本一本噛みしめるうちに、魅力にすっかりはまった。今では、思い出すたびに唾液があふれて、居ても立ってもいられなくなり、時間をかけて通うことが、逆に楽しみになってしまった。
「宇ち多」は、立石駅前の「立石中見世」という庶民的な商店街の中程にある。商店街の角を曲がると、すぐに焼きトンを焼く香ばしい匂いが漂ってきて、熱気が充満した店より、男たちの屈託のない笑い声が聞こえてくる。
テーブル二席とカウンターを埋めつくすのは、ほとんどが常連客で、「アブラ少なめミソでね」「今日はキンツルある?」「シロナマにカシラダレね」。と謎の言葉が飛びかっている。
注文を受ける店員も、「キモナマ、アブラダレ、スヤキガツ、テッポー塩オオメ!」。と大声で注文を通し、焼き手の男性も威勢のいい声で復唱するもんだから、なおさら訳がわからない。
タネをあかせば、この店の焼きトンの種類と食べ方の名称なのだ。もつの部位は十種類で、タン、レバー、ガツ(胃袋)、カシラ(頭)、シロ(大腸)、ハツ(心臓)、アブラ(頭の白い脂身部分)、日に数十本しか入らない貴重な、コブクロ(子宮)、テッポー(直腸)、キンツル(ペニス)である。
味付けは、素焼きの醤油がけ、塩焼き、甘辛くコクのあるタレ焼き、薄塩で焼き、煮込みのミソをかけた味噌味の四種類。驚くのはカシラとキンツル以外は、生でも食べられることで、いかに鮮度が高いもつであるかを証明している。
さらに驚くのは、一串の大きさで、都心の焼きトン屋の二倍はある。だから、6〜7皿も食べると十分に腹が膨れ、6皿に一杯百七十円の梅割焼酎を三杯飲んだとして、千二百六十円。わざわざ足を運びたくなるわけである。
ただ問題は、生でしか出さないコブクロを食べるためには、開店の二時に駆けつけなければならないことなのだ。