東京とんかつ会議 第100回記念 早稲田「奏す庵」カツレツ丼980円
東京生まれ、東京育ちの私にとって「かつ丼」といえば、当然のごとく「玉子とじかつ丼」である。一説によれば、早稲田のそば屋さん「三朝庵」が元祖とされ、このスタイルは一気に広まり、その後の東京を代表する丼となった。
しかし「三朝庵」以前に生まれたカツ丼は、玉子とじではなかった。元祖ともいえるカツ丼は、ドイツで料理修行をした高富増太郎が大正2年に料理発表会で披露した、ソースカツ丼といわれている。おそらく彼の地で習った仔牛カツレツウインナーシュニッツェルを、ご飯にのせ、ソースをかけたのだろう。
その革新的な味わいはたちまち評判を呼び、彼は早稲田鶴巻町に「ヨーロッパ軒」を構えて人気を得た。近所の「三朝庵」用にカツレツを提供したのも、このヨーロッパ軒だという。
しかし折しも関東大震災で被災した彼は、故郷の福井に帰って、店を再建する。以来福井では、カツ丼といえばソースカツ丼を指し、玉子とじカツ丼は存在しない。
その元祖カツ丼が、約百年年ぶりに生誕の地である東京早稲田鶴巻町に帰ってきた。
このカツ丼、蓋つきというのがいい。蓋を閉める即ち、客の期待も籠めるという丼文化を、きっちりと継承している。
丼の蓋を開ければ、ソースにまみれた薄いカツが現れ、ソースの匂いが鼻をついて、喉がゴクリと鳴る。
注文後に目の前で揚げられるカツは、薄カツ3枚に厚いカツが2枚。この組み合わせが心憎い。
ソースのうま味を吸って、ご飯と一体化する薄カツと、食いちぎって肉の甘みを味わう厚いカツといった具合で、食べ進む勢いを途絶えさせない。
ソースもいい。「旬香亭」古賀シェフが作ったという甘口のソースは、丸く、品があって、ご飯を猛然と掻きこませる凛々しさもある。
そしてなにより、カツとソースを受け止めるご飯がすばらしい。発祥の地である福井が誇るコシヒカリは、カツの下で光り、甘く香って、豚肉の滋味やソースのうま味と抱き合うのである。
永平寺御用達「米五のみそ」による味噌汁や、口をリフレッシュさせるお新香も上等。
玉子とじカツ丼が浸透しきった東京に、なんとかソースカツ丼の良さを知ってもらいたいという、店主の気概に満ちている。
そして困ることは、こう書いているうちから、食べたくなって、たまらなくなることである。