夏が始まったような、終わりがあった

食べ歩き ,

夏が始まったような、終わりがあった。
「真夏に思いついたんですが、8月だというのに、すっかり寒くなっちゃって」。そう言って田窪シェフは、苦笑いをした。
冷たいカッペリーニを食べれば、ドライトマトフォンのうま味にレモングラスの香りが精妙にからみあう。
きゅうりの爽やかさに、甘エビのほのかな甘みもそこで息づくが、なによりモロヘイヤのねっとりした食感が、舌を包んでフォンを深く味わせる。
冷たいだけではなく、その味わいが涼やかな風を口中に運ぶ。
食べていると、遠雷が遠くに聞こえ、セミの合唱に包まれた。
「フォークではなく箸で、すすって音を立てながら食べたら美味しいだろうなあ」。
そんなわがままを言うと「来年の夏には、このパスタ用のそば猪口みたいな深い皿買おうと持っています」そう言ってシェフは、嬉しそうに笑った。