銀座で、ここだけは異空間である。
よる7時に店の扉をがらりと開けると、気分は江東区となる。
「いらっしゃい。」と、推定70数歳のおかあさんが出迎えてくれた。
「一人? ならここへどうぞ。なにする? お茶?」
(いやいやお母さん。ここは居酒屋でしょ)。
「ビールください」。
「あっそ、ビールね」。
いやあ二階の、きれいなお姉さんもいいけど、この店に来たら、おかあさんのいる一階でしょ。
ほうれん草の胡麻和え、芋がら煮、なす味噌と、どれも一皿500円で、値段も銀座ではない。
さあどれにしようかなとなやんでいると、いきなり言われた。
「田舎から送ってきたやつ、ちょっと食べて。柔らかいから」と、筍煮が出される。
ちなみに僕は常連じゃない。
「どう柔らかかったでしょ。この辺で売っているやつは硬いからね」。
後ろのおっさんは、芋焼酎のボトルを頼んだ。
「あの梅干しも欲しんだけど、いも焼酎に梅干し入れるのは、変かい? 」と聞く。
おかあさん即答。
「わかんない」(正直)
「好きならいいんじゃないの」(その通り)
おっさん、また聞く
「この店のおすすめは?」
「そりゃあ、お客さんの食べたいものがおすすめですよ。ハハハ」(て、笑われてもね)
続けて
「うちは、アジフライがおいしいつてみんないうよ。自慢するわけじゃないけどね」。
「じゃアジフライ」。
「ありがと。でかいけど食べられるかい?」(先に言いなさい)
惣菜食べている僕に
「たまにはこういうのもいいでしょ。お客さん高級そうなもんいっぱい食べてるからね」。(なんで知ってる)
別の客がお勘定を頼んだ。
するとおかあさん、なんとレジではなく、僕の前に座って勘定をし始めるではないか。
なんか無性におかしくなって、ロースカツを頼んだ(特に意味はない)。
「お父さん、とんかつ」。
厨房のお父さん返事がない。
すると厨房に入っていく。
「あんたとんかつ。なんではいよって声返さないんだい」。
「とんかつメンドーだなって思っちまったから」。
「なら品書きから外せばいいのに、子供みたいなこと言ってないで早く作りな」。
客に聞こえない小さな声で夫婦喧嘩。
戻ってきたのはいいが、忘れたらしく、僕の空のテーブルを見て
「アレ? あんだ何を頼んだっけ? ああ、とんかつね。お父さんやってる?」
「やってるよ。厚いからね。時間かかるよ」と、お父さん。
「食べればわかるから。厚いよ。一人で食べきれるかな」と、お母さん。
もちろん私は、東京とんかつ会議評議員でありますから、大丈夫ですよ。
と思っていたのだが、出されたとんかつは、居酒屋の料理ではない。
夫婦喧嘩したからやけになって普通の二倍揚げちゃったのかなあという量である。
これじゃあ他の料理頼まないじゃないですか。
なんとか食べきると、帰り際にお父さんが厨房から出てきて
「おお、全部食べたね。えらい。うまかった?」
「おしかったです。ごちそうさん、また来るね」。
「ありがとね」。
銀座にも大衆食堂はある。
「いわた」にて