札幌に行くと、変態に会いたくなる。
そして食べ、「やはり変態だなあ」と、大いに笑い、満足して帰る。
この日も十二分に変態だった。
生のイカの食感を残しながら、焼いたイカの香りを出したいと考えた井川さんは、いかに切り目を入れ、切れ目だけを焼く。
ガスバーナーではガス香がついてしまうので、ハンダゴテで焼く。
生イカは、口の中でねっとりとした食感で溶けゆきながら、香ばしい、甘い香りを放つ。
鮑の磯香を残しながら、蒸し鮑の甘みを出したい。
そう考えて試行錯誤し、48度で加熱した。
すると鮑は、しなやかになった身をよじらせながら、海の香りを立ち上らせる
「将来は、握りにして酢飯と馴染むように完成させたいです」と、目標を語る。1週間寝かせたマナガツオは、まだいたいけな色気を保ちながらも、円熟した艶も感じさせる。
その両者が、ギリギリの際で存在する一瞬がたまらない。
「今の時期なので、こうしました」というブリは、40の包丁目を入れて、舌の上で滑らかに崩れゆく時間を作り出す。
血合いを丹念にとったキンキは、シコッとした食感で、深海に住む魚特有の脂のだらしなさがなく、品がいい。
そして本鱒は、ラズベリーのコンフィチュールを乗せて、香りの交換を行なう。
「この海苔と出会って海苔巻きをやろうと思いました」という海苔巻きは、一噛みでは海苔の香りが来ない。
食べ、食べ、喉元に消えかかろうとする刹那に、海苔の香りが鼻に抜けていく。
その不思議な海苔は、漁師が自分の家族が食べるために作った海苔だという。
井川さん、やはりあなたは変態だ。
愛すべき、偉大な変態だ。