〜深夜の悦楽〜
深夜4時。幸せに包まれた。
ここは、新潟市郊外の農家である。
茹でたての枝豆が甘い香りを立ち上げて、手招きする。
たまらず食べた。
はち切れんばかりの豆が口に飛び込むと、ほのかに青く甘い香りが、そよぐ。
これは豆の息吹だ。
茹でられてもなお、生きてるよと囁く、命の息吹だ。
奥歯でゆっくりと噛みしめる。
豆が砕け、喉へと向かっていく。
その刹那、甘い香りが爆発した。
深部に秘めた、甘香を飛散させ、豆は別れを告げる。
手は無意識のうちに、次の豆へと伸びていた。
新潟で自家採種にて、長年枝豆作りを続けてこられた、佐々木一典さんの枝豆である。
豆は、黒埼茶豆の本茶豆。
薄皮が歯に当たらず、豆豆らしさが残る、7割くらいの成長で刈り取る。
人間で言えば、16.7才か。
収穫は深夜2時に始まる。
豆の切り取り、洗浄、袋詰めなどして、終わるのは11時だという。
枝豆の時期は、昼夜が逆転する。
その刈り取ってすぐの枝豆を、奥さんが茹でてくれた。
「湯を沸かしてから枝豆を刈りにいけ」と言われるほど、鮮度が最も大切な作物である。
それが、これほどまでに豆の生命感を残しているとは、思わなかった。
「最近、はまっているの」と、奥さんが炊き込みご飯もご馳走してくれた。
生の枝豆を炊き込んだご飯である。
窯の蓋を開けた途端に、甘い香りが流れ出る。
栗のようでもあり、トウモロコシのようでもあり、アスパラガスのようでもあるが、そのどれでもない茶豆の香りが心を焦らす。
もちもちとしたコシヒカリに混ざって、豆が笑っている。
「いろんな甘い枝豆の品種はあるけど、この黒埼茶豆のおいしさは、噛んでいくと鼻に抜ける甘い香りです。それが他のにはない」。そう言って佐々木さんは、得意げな顔をされた。
新潟の茶豆は、東京ではほとんど出回らない。
鮮度を考えると、取り寄せが最適だが、刈りたてをただちに茹でて食べる会をしたい。
来たい人いますか?