<油道6 >煮カツサンド

食べ歩き , 寄稿記事 ,

カツサンドではない。「煮かつサンド」である。

場所は八王子。マイルスやキース・ジャッレットが流れるジャズ喫茶、「ロマン」のスペシャリテだ。

40数年来の人気メニューだというが、品書きでは、「元祖」だの「特製」だの、力んでいないところが微笑ましい。

「煮かつサンド」には、ロースとヒレがある。油愛好者としては断然ロースだが、両方を盛り合わせた「煮かつハーフ&ハーフ」850円に、サラダ、スープとコーヒーが付いた、ランチの「フルサンドセット」千円を頼むことにした。

注文を受けた店員は、カツを揚げ、切り、真黒いタレにどぶんと浸けて、一煮立ちさせた。

おおっ、これが煮かつか、煮かつのゆわれか。

やがてパンに挟まれて運ばれし煮かつは、キャベツがないだけで、普通のカツサンドと見た目は変わらない。

ただしロースは、薄切り肉を何枚も重ね合わせて揚げられている。 恐る恐る口に運ぶ。歯は、柔らかいパンを断ち切り、続いて肉にぐっとめり込んで、甘辛い味が広がった。

ソースの刺激とは違う、舌に甘えてくるような穏やかさと、日本人の心をくすぐる、こっくりとした甘さである。

それが豚肉の甘みと相まって、思わず顔が緩む。

ヒレ肉は肉感が際立ち、ミルフィーユ状のロースは、脂の甘みが後から膨らんで、ううむ、どちらの魅力も捨てがたいぞ。

しかし本稿の趣旨からすると、ロースかな。

真黒なタレは、醤油と砂糖による、すき焼き風のタレなのだろう。

とんかつに醤油は、認めない派であるが、甘みが加わったことと、一煮立ちさせることによって、カツと見事になじんでいる。さらにパンには、バターと薄くマヨネーズが塗られていると見た。

甘辛い醤油味に豚の甘み、マヨネーズの酸味、バターとマヨネーズの油のコク。オールスターキャストのうま味攻撃である。しかし嫌味なく、しつこくなく、丸く収まって、次々と手が伸び、瞬く間に食べ終えた。

そして後を引く。恐らく数日後に思い出し、無性に食べたくなるはずだ。

その辺りはソース味のカツサンドと同じだが、どこか懐かしい思いが、よぎる。

そのせいだろう。お相手には、コーヒーよりも、お茶が一服欲しくなる。