「わわわ」。自分の目を疑った。
ここは、店も人家も無き街道に、ぽつりと店を構える、高知県香南市夜須町にあるお好み焼き屋、「廣末屋」である。
「焼きそばがおいしいんです」と、誘われてやってきた。
メニューには、「焼きそば」、「塩焼きそば」、「ニラ塩焼きそば」とあるが、ここではなにがどうあっても、「ニラ塩焼きそば」を頼まなくてはいけないという。
頼むと、お母さんが、鮮やかな手つきで作り始めた。
豚ばら肉を炒める。
イカゲソ、玉ねぎと人参、ニラの茎部分を入れて炒める。
その上に麺を載せ、塩ダレを投入して、炒め合わせる。
麺の薄黄色、人参のオレンジ、玉ねぎの白、豚肉の茶色、そしてニラの緑と、色のバランスもいいニラ焼きそばだなあ。
そう思って眺めていた矢先である。
お母さんは、右手でニラの葉を大量につかむと、ドサっとその上にかぶせた。
「えっ? そんなに入れちゃうの?」。
しかしそれで驚いていてはいけなかった。
さらにもう一度ドサっと投入するではないか。
もはやニラしか見えない。
緑一色である。
炒めていけば、麺も豚肉も他の野菜も、すべてがニラの緑に埋没した。
仕上げに、揚げ玉と海苔、糸唐辛子を載せ、完成である。
これは「ニラ塩焼きそば」というより「そば入りニラ塩焼き」と言った方がいいんじゃないか。
そんな風貌である。
「うまいっ」。
口に運んだ瞬間、思わず叫んだ。
ニラが甘い。
麺とニラの量が逆転して、ニラ炒めの中で、時折麺に遭遇するといった具合だが、とにかくニラがうまい。
柔らかくて、シャキシャキとちぎれて、歯に挟まることがない。
しなやかに他の具や麺と抱き合う。
甘く、香り高く、猛然と、鼻息を荒くして食べさせてしまう力がある。
途中でレモンをかけると、その酸味がいっそうニラの甘みを生かした。
ああ、箸を運ぶ手が止まらない。
聞けば周りがニラ畑なのだという。
「朝穫れ、産地直送じゃなきゃ、この味は出せないの」と、お母さんはいう。
春夏の露地物は香り高く、秋冬のハウスものは柔らかく、どちらも捨てがたい。
「最初はこんなにたくさん入れてなかったの。
でもね、やっているうちにだんだん多くなっちゃった」。
そう、「廣末屋」の女主人、広末京子さんは、嬉しそうに言われた。
ん? 聞いたことのある名前。
「名前、一字違いだから、お母さんですか? とも聞かれます」。
これまた嬉しそうに、話されるのだった。京子さんとニラの香りに会いに、もう一度行きたい。