さっきから、カウンターの上にいる鶏が、こちらを見ている

食べ歩き ,

さっきから、カウンターの上にいる鶏が、こちらを見ている。
「あたしを食べないのかい?」
丸々と太った体躯を見せつけて、誘いかける。
ニンニクたっぷりの「豆苗炒め」を食べ、極細白髪ネギと香菜の茎であえられた、素晴らしき「茹で豚胃袋」を食べ、これから水餃子が来るというのに、誘いかける。
もう仕方ない、彼女(彼かもしれないが)の要望に応えよう。
「蒸し鶏ください」と頼むと、
「骨つきですか」と、お母さんが聞いてきた。
「もちろん骨つきで」。もちろんは余計だが、気持ちはもちろんである。
蒸し鶏は、しっとりと歯に食い込み、コラーゲンの淡い滋味を口に広げる。
そのままでもよく、ネギダレを乗せて食べれば、酒が進む。
小さな幸せがせり上がってきたところで、焼きそばを頼む。
こちらの焼きそばは、極細麺を徹底的に水分がほぼ抜けるほど蒸しあげ、さっと炒めたら、小松菜と焼き豚を炒め合わせたあんをかける。
シコシコごわごわした麺がおいしい。
細いので、唇を高速で通り抜けると、歯の間で弾む。そのツルル、シコッの食感の中から、濃い味わいが滲み出す。
さらには、蒸し鶏に添えられた白髪ねぎや香菜、ネギダレを乗せて食べて見た。
中でも香菜が素晴らしい。
ああここに、茹で胃袋を乗せても美味いだろうなあ。
神戸元町「杏杏(しんしん)」にて。