運ばれてきただけで、幸せを呼ぶ。
香ばしい湯気が顔を包み、甘酸っぱく、濃縮感のある香りが、脳幹を揺さぶり、唾液を呼ぶ。
スプーンを差し込むのをためらわせるソースの輝きに、目を細める。
茶、紫、黒が溶け込んだ深みのある色合いが、艶やかに光って、色気を漂わせる。
口に運べば、溶け合ったうまみ同士が丸く、とろりと舌を包み込んでは、引き潮のように消えていく。
骨太な赤ワインの酸の切れ、うまみの深さ、洗練を伴った濃密な力強さに包まれた牛頬肉は、はらりとほどけ、肉自体の甘みをじっとりと滲ませる。
そしてご飯の甘みと出会い、完璧な美へと登っていく。
唇も、舌も、喉も、鼻はもちろん、スプーンさえも喜びに打ちふるえている。
ハヤシライスの親しみとシチューの品格が、自然のままに抱き合い、幸せがこぼれ落ちる。
麹町「オープロヴァンソー」の一皿。