素材が静かに呼吸している。
舌に囁き、鼻腔に語りかける。
「ルコック」での食事は静かだ。
食材が、どうだとばかり自慢するのではなく、
穏やかに皿の上で息づき
その繊細が 雑味なき純粋が、静々と細胞に溶け入ってくる。
シェフは、田代シェフの下で修行し 用賀で店を開いて評判を呼んでいたが、 いったん店を閉めて渡仏する。
かの地でなにを得、なにを考えたのだろうか。
どの皿も、食材のけがれなき芯をシンプルに生かしている。
空豆とアスパラガスの香りに包み込まれるアミューズに始まり、 定番の「スモークサーモン」が出される。
その日の時鮭は、身体に湛えた上質な脂に燻製香の絶妙な強さが調和して、たくましさを増しているが、細やかな甘味も活きている。
質を見切った、香りの質と量が見事である。
赤ワインとオマールのジュで彩られたオマールは、 火入れの妙によってオマールの華やかさが弾ける。
その力強さと赤ワインの力強さが響きあう味わい。
ああ、まさにフランス料理だ。
そしてまながつお。
フランス料理では使われることの少ない魚だ。
なんと分厚い、堂々たる体躯。
ナイフを入れれば湯気が立ち、ふわりと口の中で舞い散れば、
日本人のDNAに訴えかける甘味と香りが広がってゆく。
油も塩もでしゃばることなく、この優美な魚の持ち味だけが息づいている。
傍らは、クミン、コリアンダー、カルダモン、メースのソース。
ソースを絡めれば、表情変わり、 魚の甘味がエキゾチックな香りと交わって、艶を滲ませる。
最後は、一ヶ月間熟成させたという淡路牛
肉肉しいかと思えば、
旨みがこなれ、熟成し、濃くもまろやかな肉のジュースが溢れ出す。
塩も最小限。
脂分もなし。
肉の味のコアだけを味わう贅沢だ。
実験的料理や、国境線なき料理、最新の機械を駆使した料理。
頭においしい料理や驚きを呼ぶ料理などが広がっていくフランス料理界で
「ルコック」の料理は、ポップではなく、シンプルで、一見地味にも写る。
だがどの皿も、温厚なシェフの律儀と仮借なき個性が 野菜や魚、肉の息吹を、健やかに蘇らせている。
それは、 いま、なにを食べたのか、 どの生命をおしいただいたのか、 鮮やかに記憶に刻み込む料理なのである。