江戸前とは、本来江戸周辺の川で獲れたうなぎを指していたという。
言葉と言うものは生きているので、やがて、東京湾で獲れた魚を指したり、魚に仕事を施して握るスタイルのことも言うようになった。
天ぷら「みかわ」の早乙女さんに話を伺った時に、江戸前のことを言われた、
「産地や仕事のスタイルを指すこともあるけど、私は心意気だと思う。今はお金さえ出せば一流の魚は買える。だがその魚を自分が扱う価値があるかを自問して、金があっても買わずに、このうえなく生かす料理人に渡す気持ちこそ、江戸前の心意気だと思う」。
小鮎のシンコ仕立てや軽く漬けにした琵琶ますなど、この地に根差した魚に、酢飯と合う仕事が素晴らしい。
だがそれ以上に、サスエ前田さんの魚を使った握りに驚いた。
焼津と長浜は離れている。
だが前田さんの魚を握りたい問い思いが強く、真杉さんは交渉して使わせてもらえるようになったのだと言う。
「どれも今までの既成概念を買える素晴らしい魚です。でもそれらにどう仕事をしたら生かせるのか、日々試作し悩んでいます」。
酒塩したと言う金目鯛は、深海魚特有のダレがない。
実はしなやかで、品のある甘みが流れ、余韻が長く続く。
四日間寝かせたと言うイサキは、脂がグッと舌を包み込んで唸らせる。
サッと茹でたアオリイカは、生とは違うキレのある甘みが酢飯と合一する。
さっと炙って醤油を引いたカマスは、野獣感があって、濃い味が舌に責めてくる。
「江戸前の仕事とは、工夫を重ねることであり、いかにその魚を活かすか、工夫を重ねてより良き寿司を目指すことだと思います」。
何も言わずとも、眞杉さんの誠実な目は、そのことを語っていた。
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