料理が美味しいかまずいかは、主観的な問題であり、個人差であり、各人の嗜好の差であるという。
確かにそうである。
しかし一方で、それは経験値というものを勘案しないといけないのではないかという話を先日した。
ここんところ日本食の話をいくつか上げたので、僕自身の経験を話そうと思う。
京都の割烹デビューは、33歳の時であった。祇園にある「M」という割烹である。ご主人がNHKで紹介されているの見て、これはどうしても行かなくてはと思い、誰の紹介もなく、ただ電話で予約をお願いし、昼に一人で出かけたのである。その時書いたメモから少し抜粋する。(当時の拙い文章のままです。)
『僕はカウンターの左端に座って見た。座ってややもすると、出されたのが桜茶だ。心が和む。以下次々と出された料理は以下の通りである。
突き出しは、湯呑茶碗のような筒型の器に入った若竹の酒蒸し、木の芽と菜の花添え。ほんのりと竹の味が感じられる。次に食前酒ですといって、特製玉乃光大吟醸を盃に注がれた。うまい! 飲み物を頼む。菊姫、天狗舞、玉乃光吟醸がメニューにあるが、一合二千円から五千円! 高い!ので、菊姫二千円をぬる燗にしてもらった。
次に向こうでお刺身。鯛とケンサキイカの細作り。どちらも素材自体の甘みが十分出てくる優れもの。下に山芋の角切りと穂紫蘇。上に岩のりとうどの桂剝きとわさび。・・・』。
以下延々と書かれているが、まず文が恥ずかしい。素人だから当たり前だが、普段食べログレビュアーの文章を色々言っていたが、同レベル以下である。
さてその後食べたのが、「鱒の南部焼き」「稲庭うどん」「ぐじのカブト酒蒸し、豆腐、とろろ昆布、芹」「珍味・筍木の芽和え、鯛の子、白魚の梅煮、キスの昆布締めおろしがけ、白子もずく」「ユリ根雑炊、梅肉、お新香」「白飯・あきたこまちと玉乃光のブレンド」「水菓子・バナナとアプリコットのsherbet、文旦二きれ、いちご半分」。
なぜ途中で稲庭うどんとご飯が二回出てきたのかは謎だが、メモにはそう書かれている。
値段は料理だけで6千円だった。その時思ったのは、この値段ならフランス料理や中国料理を食べたほうが得だなということである。確かに美味しいけど、圧倒的なうまさで迫ってくるこれらの料理の方が、お金を払っても惜しくない感じがする。と素直に思ったのである。
若い。あえて余白や余韻を残して食べ手の気持ちにゆだねるという、日本料理の精神性などまったく感じずに、少しがっかりしながら、これならしばらく日本料理はいいやと思ったのである。
その後、京都の名だたる割烹に次々と訪れる(それも同じ店に1回しか行かない身につかないやり方で)ことや、「南一」という素晴らしい店や、南座裏の「味はな」に何度も通うことも、「なかひがし」や「千ひろ」、「浜作」に足繁く通うことなど、夢にも思っていなかった。
料理の写真は本文とは無関係です。